天体にも生命のような進化ある? 星・惑星形成に迫る理化学研究所 主任研究員 坂井南美(1)

宇宙の片隅の、肉眼では見えもしない原始星の観測から、一般の人が聞いたことがないような有機分子が見つかって、それによって、研究者たちのものの見方が変わった。今、生命のもとになっている有機物の起源が、太陽系ができる時よりもさかのぼる可能性が出てきたのである。そもそも、有機(英語では、オーガニック organic)という言葉自体が、生命活動を前提とした言葉だと考えると、生命よりも先に有機物ワールドのようなものがあったというのは、実に感慨深い。

坂井さんがこの領域の研究に参入するのはまさにこのタイミングだった。

「私が大学院に入った頃、ようやく原始星の周りの有機分子というのがどれだけ普遍的なのかという議論が始まって、その星以外にも同じような天体があるのか、つまり、二匹目のドジョウを探すのが、私の最初の研究テーマだったんです。それで、私が観測したのは、おうし座のL1527、太陽系から、137パーセク(およそ450光年)の距離にある、結構、近くの原始星です。おうし座って、わりとそういう星が誕生している場がたくさんあることで有名で、その中でも典型的な原始星を選びました。ところが、観測の結果は予想外のもので……」

それを一言であらわすなら、「あるはずのものがなくて、全然違うものが出てきてしまった」ということだ。

あるべきものが検出されず、困りはてた坂井さんだったが、議論を続けるうちに大きな発見にいたることになる

坂井さんは、観測の際、当然、先行研究で見いだされたギ酸メチルを探した。野辺山の45メートル電波望遠鏡の観測時間をなんと破格の100時間も使って、ギ酸メチルが発する固有の周波数のパターン、いわゆるスペクトル線を見出そうとしたのだが、それは空振りに終わった。坂井さんが真っ青になったことと、その後に続く大発見は、今ではワンセットの伝説的な逸話として語られている。

「ギ酸メチルは検出されていなくて、なぜだろうと議論する中で、データを見直していたら、あるべきところに立っているはずのスペクトル線がないかわりに、そのすぐ脇に別のものが1本立っていました。これは何だという話になって、一応、確認することにしました」

分子が出す固有の電磁波であるスペクトル線は、ある周波数だけピンと飛び出すピークとして見える。そして、ギ酸メチルだとこの周波数とこの周波数にこういった強度のピークが出るといったふうに決まっている。それは、宇宙でも地球上でも同じなので、既知の化学物質については、分子分光学という領域の研究者が実験室で詳しく調べてデータベースを作っている。天文学者は、観測したスペクトル線とデータベースとを照合することで、どんな物質が見えているのか確認することができる。

「既存のデータベースで見ると、その周波数には、星が誕生する場にないと思われていた分子しか該当するものがないんですよ。ちょっと信用できないですよね。もう一本、同じ分子に由来する別のスペクトル線があれば確信が持てるので、それを探しました。すると、すごく運がよかったんですけど、ほかの分子を探そうと思って観測しておいた別の周波数の範囲に、その分子が出す別のピークが見つかりました。2本あれば、もう、これは確実にこの分子だと言えて、それがスタートだったんですね」

ここで見つかったのは、「炭素鎖分子」と呼ばれる有機分子で、ギ酸メチルなどと違って自然には通常存在しない非常に反応性の高いものだ。中学、高校で学ぶように、炭素原子には「4本の腕」があって、それぞれに水素なり、ほかのものがくっつくことができる。しかし、坂井さんが見出した炭素鎖分子は、炭素の数に対してくっついている水素原子が少なく、つまりは他の原子や分子と反応しやすい。こういうものを「不飽和」な有機分子という。一方、先行して見つかったギ酸メチルなどはかなり飽和した有機分子の部類に入る。

坂井さんの発見は、原始星周りのガスの組成には、良く知られている有機分子が含まれているだけでなく、その種類は多様かもしれないと示唆しており、大いに議論を巻き起こした。坂井さんは、反論に応える形で、新たな観測事実を積み上げ、その過程で、単に宇宙における化学進化だけではなく、もっと大きな枠組みの研究へと導かれることになる。

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年11月に公開された記事を転載)

坂井南美(さかい なみ)
1980年、高知県生まれ。理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員。博士(理学)。2004年、早稲田大学理工学部物理学科を卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、助教に就任。2015年、理化学研究所准主任研究員、2017年より現職。2009年に優れた博士論文を提出した研究者に贈られる井上研究奨励賞を、2013年に日本天文学会 研究奨励賞を受賞。2019年には文部科学省の科学技術・学術政策研究所による「ナイスステップな研究者」に選ばれた。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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