どんな経緯でツェッペリンカレーが誕生したのだろう。土浦商工会議所を訪れ、総務部長の加賀美吉彦氏、同カレーの草創期から携わった稲葉豊実氏(中心市街地活性化協議会事務長)らに話を聞いた。

――飛行船が土浦に来た際、カレーを振る舞ったのがルーツですか。

「それも1つの要因です。当時、ドイツ人はジャガイモが好きだろうと考え、地元・右籾(みぎもみ)産のジャガイモを使った海軍カレーで歓迎したようです。今は土浦が生産量日本一を誇るレンコンや、地元で長年醸造するしょう油を使っていることなどを定義としています」

――1つの要因というと?

「実は、初めから『カレーのまち』を目指したわけではないんです。B級グルメでは既に富士宮焼きそば、横須賀の海軍カレー、宇都宮のギョーザなどが有名でしたが、土浦にはこれといった名物がなかった。そこで2004年、市などの呼びかけで学者や民間事業者、女性らが集まり議論。その結果、海軍にはカレーが付き物で、山本五十六元帥が市内の神龍寺に下宿し、暑気払いで激辛カレーを食べていたことも分かり、ツェッペリンをフラッグシップに、土浦産食材を使ったカレーを打ち出すことにしたのです」

――特に飛行船にはこだわらない。

「商工会議所では『土浦ツェッペリンカレー』を商標登録しましたが、飲食店だけでなくラーメン店やパン、菓子、居酒屋など、バラエティーを広げるため、『つちうら咖哩(カリー)物語』という認定制度も創設。2006年には全国のご当地カレーと地元店が競う『土浦カレーフェスティバル』を開催し、07年には投票でナンバーワンを決める『土浦C-1グランプリ』もスタートしました。Cはカレーの頭文字です。今や11月の2日間で6万~7万人が集まる秋の一大イベントに発展したんですが……」

言葉に詰まるのも無理はない。土浦では毎夏70万人が集まる、日本3大花火の1つ、土浦全国花火大会があり、かすみがうらマラソンも有名だ。コロナ禍で、今年で14回目となるはずだったC-1グランプリも、多くの大型イベントも中止になった。

レストラン中台の名物メニュー「幻の飯村牛とレンコンのビーフシチューカレー」

正直、コロナ禍での取材は厄介だ。C-1グランプリで何度も優勝し、既に「殿堂」入りした1938年(昭和13年)創業の老舗「レストラン中台」に電話予約を入れ、夕刻に訪れた。土浦駅から徒歩7~8分。かつて花街が栄えた付近に、店はひっそりとたたずむ。

目的の「幻の飯沼牛とレンコンのビーフシチューカレー」を注文し、ビールを味わっていると、名物カレーはじめ、「コロナに勝つサンド」「コロナに勝つ重」など、様々なテークアウトメニューを受け取る客がひっきりなしにやって来る。

15分ほどたって配膳されたそれは、レンコンにカボチャ、ナス、リンゴ、ジャガイモ、ブロッコリー、パプリカ、タマネギなど地産地消のそろい踏み。キーマカレーと煮込んだ最高級の黒毛和牛「幻の飯沼牛」のスジや各部位肉は、新鮮な野菜の味覚と呼応し、至高のぜいたく感を奏でてくれた。