山本寛斎、D・ボウイとの共演を辞退 「戦メリ」秘話編集委員 小林明

D・ボウイのNY公演で衣装作り、東洋と西洋の化学反応

――71年に日本人で初めてロンドン・コレクションでデビューし、大成功を収めましたね。

蛇革で作ったジャケットやパンツなどを身にまとい、ロンドンの街中を歩き回った(1969年)

「ファッションで大きな影響を受けたのは米国のヒッピー文化。雑誌で初めて写真を見たとき、『なんて格好いいんだ』と震えを感じたのを覚えています。ヒッピー風俗の写真をできるだけかき集め、独学で研究を始めます。髪を茶色に染め、チリチリのアフロパーマをかけ、蛇革で作ったジャケットやパンツ、靴という派手な格好で街を歩いたら、東京では周囲にけげんそうな目で見られたり、冷たく笑われたりする。でもロンドンの街を歩くと、ブテッィクの店員が目を輝かせながら飛び出してきて、『この服、ステキだね』『どこで買えるの』なんて次々に声をかけてくる。絶賛の嵐です。言葉が通じなくてもファッションを介して理解し合えた。ロンドンはとても自分に合っている街だなと感じました」

――英ロック歌手、デビッド・ボウイからも衣装作りを依頼されます。

「つないでくれたのは知人のスタイリスト、高橋靖子さん(通称ヤッコさん)。ヤッコさんがデビッドのマネジャーに私のコレクションを見せたら、『ぜひ着せたい』と話に乗ってきた。それでデビッドの舞台衣装を作ることになったんです。場所はニューヨーク。米国進出に踏み出したばかりの彼にとっても、節目となる重要なコンサートでした。公演当日、私は会場の最前列に座り、ドキドキしながらコンサートの様子を見守りました。ミラーボールが回転し、私が手がけた派手な衣装をまとったデビッドが天井から降りてくる。歌舞伎の引き抜きの演出なども取り入れたコンサートは大好評を博します。西洋と東洋の文化がぶつかり、すごい化学反応が起きたわけです。本当に感動的な瞬間でした。以来、彼とは親しく交流させてもらっています」

大島渚監督からの打診を辞退、ボウイの相手役は坂本龍一に

デビッド・ボウイ(左)とは舞台衣装を作成して以来、親交を温めた(1973年、撮影は鋤田正義さん)

「デビッドのショー自体を演出したいと考えていたんですが、実現できないうちに彼が他界してしまいました(2016年1月)。実は映画の話題作で共演する話もあったんですよ。大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(戦メリ)。デビッドが主役(英軍将校)で、私は大島監督から『その相手役で出演してもらえないか』と打診されていたんです。デビッドとは親交がありましたからね。ただ長期の海外ロケが必要だったので、コレクションの仕事と両立できず、残念ながら辞退しました。その役(陸軍大尉ヨノイ)は音楽家の坂本龍一さんが演じることになります。もし私がその映画に出ていたら、ひょっとして私の人生も変わっていたかもしれませんね(笑)」

(聞き手は編集委員 小林明)

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