夫の海外転勤でも諦めない リモートで続ける会社経営
仕事と遊びの境界線をなくす「公私混同力」のススメ(13)
「キャリア迷路(モヤキャリ)」から抜け出すためのコミュニティーを主宰する池田千恵氏によると、キャリア形成には先回りの勉強よりもシンプルに「好き」を追求する姿勢が大切だそうです。今回はパートナーのベトナム赴任をきっかけに「駐妻」としてベトナムにいながら日本の会社を経営している米倉史夏さんに、シンプルに「好き」を追求した結果生まれたリモート経営の極意をインタビューしました。
株式会社Waris共同代表。1975年生まれ。慶応義塾大学卒業後、日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)、ボストン・コンサルティング・グループ、リクルートを経て現職。2011年に取得した、米国CCE,Inc.認定GCDF-Japan キャリアカウンセラーの資格を生かして女性のキャリア支援に携わりたいと考え、12年にリクルートを退職。2013年に女性向けの就職支援などを手掛けるWarisを設立。19年2月よりベトナム・ホーチミン市在住。小4と5歳の母。
家庭も仕事も手放すことなく生きるには?
――この連載では、仕事も生活も同じ土俵に上げて人生を楽しく生きることを「公私混同力」と呼んでいます。米倉さんはパートナーの海外赴任でベトナムに帯同しつつ、会社経営もされている「駐妻経営者」ということで、まさに「公私混同」しながら生き生きと働いていらっしゃると思います。さっそくですが、「駐妻経営者」誕生のきっかけと、そのために準備したことについて教えていただけますか?
2018年秋のはじめに夫のベトナム赴任が決まり、3カ月後にはさっそくベトナムに行くことになりました。夫から「海外で働きたい」とは聞いていましたが、本当に実現するかは分からない、と心のどこかで思っていました。いざ現実になったとき、どうしよう?と戸惑いました。
選択肢としては3つありました。
1)会社を辞めてついていく
2)会社を経営しているので日本に残る
3)会社を経営しながらベトナムで家族と暮らす
私の中で家族の位置づけは大きいものです。いくら会社の代表とはいえ、人生の中の軸はWarisと家族と同じ。どちらかを諦めるのは片腕がもげる感覚で、どちらもうれしくないものでした。
会社にとっても、私にとっても、家族にとってもチャレンジでしたが、3番目の選択肢を思い浮かべたとき、大変そうだけどがぜんワクワクしたんです。そこで、自分の気持ちに素直に、シンプルにワクワクするほうを選ぼう!と思いました。
母社長3人が生み出した経営分担制
――共同代表3人で会社を経営し、担当を分担していることもチャレンジの後押しになったように感じますが、いかがですか?
そうですね。Warisは共同代表3人で経営しています。3人ともワーキングマザーです。共同代表の1人も16年から家族で福岡に移住しているので、「リモート経営」は2人目になります。もともと社名の「Waris」は、アフリカのソマリア語で「砂漠に咲く一輪の花」という意味で、「砂漠のように環境変化の激しい現代にあっても人生の様々なステージにおいて、自分らしく生きていける社会を創りたい」と思い創業しました。
そんな経緯があったので、創業メンバーの2人も私の「仕事も家族も」という意思を尊重してくれました。正直、自分の選択を伝えた瞬間は、躊躇(ちゅうちょ)がなかったといったら嘘になります。そんな私に、2人は「このチャレンジをWarisがやらなくて誰がやる!」と賛成してくれました。一番近い仲間が応援してくれたことが何よりの励みでした。ともに働くメンバーやお客様も、この選択を応援してくれてありがたかったです。
――「どんな環境下においても諦めない」という創業目的を体現していますね。いざ駐妻として働くための準備は、想像するだけで大変そうですが、実際どんな苦労がありましたか?
仕事ができる環境を整えるまでがとにかく大変でした。社会が働く駐妻に対応していないことが多く、ビザ(査証)、医療保険、保育の確保、納税などもなかなかスムーズにいきませんでした。手続きをなんとかこなし、ベトナムに渡ったあとは、2カ月半後に会社復帰することを決め、準備しました。
学童保育などの仕組みもないので、子供を預けるには外国人向けのサービスを探すしかありませんでした。どこに預けられるかもわからず、シッターさんの手配の方法もわからず、情報収集からはじめました。
仲介のプラットフォームも確立されていないので、ネットの掲示板から探したり、人づてでベビーシッターを知っていそうな人に声をかけたり、ベビーシッターとして子供の面倒を見ている人に、「仕事を探している友達を紹介してほしい」とプールサイドで声をかけて聞いてみたり……。情報の7割が口コミでした。
パートナーの転勤に帯同している日本人の駐妻にも多く会いました。働きたいのに、帯同ビザで来ているために働けない方、仕事を苦渋の決断で辞めた方、いろいろな方の話を聞き、「仕事をしたい」「家族と一緒にいたい」というシンプルな願いを同時に成立させることが、こうも難しく、諦めなければならない人がどれだけ多いのかも知り、会社の存在意義を改めて感じました。
徹底したリモート体制が「駐妻経営者」を後押し
――Warisは創業当初からリモートワークを推進していたんですよね。リモートでスムーズに仕事ができる環境が整っていたことも「駐妻経営者」誕生を後押ししたのでしょうか。
そうですね。Warisは創業当初から「ハイブリッド経営」ということで、リアルとオンラインの双方のよさを取って組織運営していました。もともと毎日出社の義務はなく、全員出社はキックオフミーティングの時のみです。いつでもどこでも働ける環境が以前から整っていたのがよかったです。
――実際にリモートでのお仕事はどのようにされているのですか? 大体のタイムスケジュールを教えてください。
朝5時半に起きて、走り出すための準備時間にしています。具体的にはスケジュール確認や、ニュースサイトとSNS等で情報収集、スケジュールをシッターさんに伝える準備をします。7時45分に子どもたちを送り出し、8時~15時(日本時間の10時~17時)までは日本からの会議がちょこちょこ入ります。15時~17時半までは自分の作業時間です。家でも仕事はできますが、ちょっとざわついていたほうがはかどるので、コワーキングスペースで仕事をすることが多いです。18時には仕事を終え、それ以降は家族との時間です。土日はお休みをしっかりとるようにしています。
リモートワークは「よもやま話」がカギ
――新型コロナウイルスの影響でリモートで仕事をする人が増えています。リモートワークで心がけていることはありますか?
お互いの発言の背景を知ることがリモートワークでは大切ですよね。メールや会議での発言がとげとげしく感じたとしても、相手には悪気が全くなかったり、批判ではなくて応援の気持ちだったりします。そういう人だと事前にわかっていればいいのですが、リモートだと、会議ごとに議題だけを話すことになって「余白」のコミュニケーションがありません。
「ちょっと思いついたアイデアがあるんですけど」「ここがもやっとしている」といった雑談やよもやま話の中で組織改善のヒントやビジネスの種がみつかることが多いので、社内では職種や階層を超えた「よもやま会」という雑談ミーティングをしています。「最近どう?」と雑談をして、いろいろな気持ちを吐き出す場です。社員からも気軽に「よもやまお願いします!」といった感じで設定してもらったり、「よもやましない?」と私から声をかけたりします。
他には、アイスブレークを大切にしています。いきなり議題に入らないで、例えば相手のSNSやメールのやりとりからわかる共通の話題を探したりもしています。
副業もシンプルに「好き」を追求
――「余白」がないと思考の幅が広がらない。共感します! この連載の「公私混同力」も余白を持つことでクリエーティブなアイデアが浮かぶことを伝えたいと思っています。ところで御社は副業も歓迎していると聞きました。副業と会社の仕事をうまく両立させるにはコツがありますか? 仕事も副業も楽しんでいる社員の方の例を教えてください。
はい、副業OKなので、空いた時間や週末に副業をする社員も多くいます。ショップ運営や講演会活動をしていたり、広報業務をしていたりするメンバーもいます。
シンプルに自分がやりたいことを追っているのが共通点ですね。仕事と副業で楽しく人生を生きている人は、そもそも「この能力が相乗効果を生みそう」という気持ちで動いていないと思います。会社に相乗効果があるかを考え始めると、時間配分などで行き詰まります。でもシンプルにやりたいことなら、てんびんにかけてどちらかを削る、という思考にはならず、相乗効果が出ると思います。
「好き」からでてくるエネルギーやアウトプットはすばらしいです。ここからは仕事、ここからはプライベート、ここからは副業、といちいち線引きすると止まってしまうので、「やってみたい」というものがあったら、一度テーブルに全部あげることが大切だと思います。会社には一見役立たないと思う「好き」でも、経営者の見えている範囲と今の自分の範囲が違う場合もあるので、どこかで重なって事業につながるかもしれないですよ。
ベトナムで学んだ「先のことを考えすぎない」大切さ
――米倉さんが「仕事をしたい」「家族と一緒にいたい」というシンプルな願いを同時に成立させた気持ちと同じですね。最後に、ベトナムで学んだことはありますか?
先を見すぎないことですね。先のリスクを考えすぎないからチャレンジを果敢にできるのではないでしょうか。ベトナムには「VUIの精神」があります。VUIとはベトナム後で陽気な、うれしいという意味なんですが「今ここを生きている」「後ろを見ない、先を見ない」という感じに意訳できる言葉です。
ベトナムではバイクで何でも運ぶんですよ。運び方も日本で考えられないくらいで、冷蔵庫をそのまま運んでいたり、水のボトルを数十本単位でぶら下げて運んだりもしています。「冷蔵庫がもし壊れたら、その時直せばいいや」という感覚なんです。生き方がすべてその感じなので、「先を考えすぎてもしょうがないな」と思えるようになりました。日本人は慎重で先を見すぎるのでリスクが起きないように先回りしますが、先回りしても予想は外れるものなので、いい意味で開き直るのが大切だと思います。
――「なるようになるさ」。特にコロナで先行きは見えない今こそ大切な視点ですね。貴重なお話をありがとうございました!
「好き」を大切にし、シンプルに行動しよう
米倉さんのお話には、仕事も生活も同じ土俵に上げて人生を楽しく生きる「公私混同力」のヒントがたくさん詰まっていました。
1.シンプルに「本当はどうしたいのか?」を考える
2.やってみたいことは、一度全部テーブルに上げる
3.どうすればできるか?を考え、リスクを恐れずまずチャレンジする
4.リモートワークは「よもやま話」「余白」がカギ
5.「好き」からでてくるエネルギーを大切にすると本業も副業もうまく回りだす
困難な状況になっても様々なルートで実現を考え、行動するお話に勇気をもらえました。「できない」と諦めそうになったら、ぜひ米倉さんの行動を参考にしてみてください!
朝6時 代表取締役。朝イチ業務改善コンサルタント。慶応義塾大学卒業。外食企業、外資系企業を経て現職。企業の朝イチ仕事改善、生産性向上の仕組みを構築しているほか、個人に向けては朝活でキャリア迷子から抜け出すためのコミュニティー「朝キャリ」(https://ikedachie.com/course/salon/)を主宰。10年連続プロデュースの「朝活手帳」など著書多数。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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