空室は増え、トレンドも一変 都心オフィスの新常態
「空室ゼロ」「完全な売り手市場」だった都内のオフィスビル市場が新型コロナウイルスの影響で、一変しています。オフィスの賃料を決める指標になるのが、空室率です。特にオフィスビルが集まる東京都心5区の空室率が注目されます。
上昇に転じた空室率
こちらが過去1年の推移です。明らかにここ数カ月で大きく上がっていますね。空室率というのは実際に空いているスペースと、入居者の退去が決まり次のテナントを募集しているスペースの合計です。これまでの1%台というのはほぼ空室ゼロで、募集があれば、すぐに契約が決まるような状態でした。
それが変化しつつあります。空室になった規模でいうと、直近1カ月だけで見ても、都心5区全体の空室面積が20万7900平方メートル増えました。これは、東京ドーム4.5個分にあたります。しかも、この傾向がしばらく続きそうな気配もあります。
賃料がどうなっているのか見てみると、2019年7月~20年7月で6.6%。直近でも0.5%上昇しています。近年はオフィスビル需要が過去最高水準で推移していたことで、ハイスペックな新しいビルの建設が多いことが理由。東日本大震災を機に「多少賃料が高くても、防災対策がしっかりしたビルに入りたい」というという需要が高まっていました。
2020年の1年間だけでも大規模オフィスビルが24件竣工する予定です。広さにして193万平方メートル。東京ドームだと41個分です。これは、過去20年間で2番目の多さになります。
こうしたハイスペックなビルは賃料が高い一方、人気も高い。実際、今年完成するビルの9割以上がもう、契約が決まっているので、すぐには賃料は下がりません。
10月以降、解約増えるか
空室率のこの高まりは、いつごろ影響が出てくるんでしょうか。オフィスビルの解約予告は6カ月前が一般的です。コロナによる在宅勤務の増加や業績悪化は4月から始まっています。10月くらいから賃料相場に本格的に変化が現れるかもしれません。
他の地域に先駆けて賃料が下がっている地域があります。それが渋谷です。4月から3カ月連続で平均賃料が下がっています。空室率も、平均より高い3.85%まで上昇しています。
渋谷はIT企業の多い地域。現在もグーグルの日本法人や、サイバーエージェント、DeNaなどがあります。これらの企業は成長速度も速く、これまでオフィスの拡大をするけん引役でした。ところが、コロナ以降はテレワークとの親和性も高いこともあって、その見直しスピードも速い。
名刺管理サービスのSansanは「積極的な人材採用を進める」ため本社を構える渋谷区内でオフィスを拡張する計画でした。ところが「投下コストの最適化を進める」として、入居せずに解約を決めました。
使い方に合わせて設計見直し
オフィスビルは使い方に合わせた設計の見直しが迫られています。人気のオフィスビルのトレンドは(1)駅近の好立地(2)1フロアが広い(3)サードプレイスが充実ーーでした。1フロアが広いと部署ごとに違うビルを使っていたものを、1カ所にまとめてコミュニケーションを円滑にでき、全体ではコストも下がるというメリットがありました。サードプレイスというのはオフィス内にあるカフェスペースなど仕事のデスク以外のスペースのことで、これを充実させることが生産性アップにつながると人気でした。ところが、コロナの現状を見ると、こういうオフィスはどうでしょう。まず、駅近というのはテレワークの広がりで優先度は下がりますね。1フロアが大きいというのも、リモートで会議することが増えているので、1カ所にまとまって人がいる必要は減っていますよね。
もう一つ、サードプレイスが今後のオフィスビルの賃料がどう変わるかの一つの論点になりそうです。テレワークで仕事のコミュニケーションをする経験が増える中で、パソコンを使ってのやり取りに向いているものと向いていないものが、認識されつつあります。テレワークでは、目的がはっきりした前のめりな議論には向いているものの、なんとなく人が集まっていて頭がフラットな状態でぽっと湧き出る「雑談」が発生しにくいという面があります。在宅勤務が増えた私も痛感しています。新規事業について考えるといった目的の会議は対面のほうが優れているという声もあります。
サードプレイスを含めて会議やコミュニケーションの場としてのオフィスの必要性が高いという考えが今後広がれば、「ある程度面積を広くとったオフィス」というニーズがありそうです。
一方で、従来型の隣席との距離が短く、一人が1つのデスクに座っているようなオフィススペースの需要減少は止まらないとみられています。
値段の方程式はこうなります。
今後はサードプレイスの拡大と個人スペースの減少という2つの綱引きで、オフィスの賃料が変化するのではないかと考えています。企業にとってはオフィスを縮小すればコスト削減効果は大きいです。一方、在宅勤務する個人の負担についても議論が広がりそうです。在宅勤務にすれば、企業のコストは下がりますが、個人の家にオフィスの役割を加えるということなのでオフィス賃料を個人が分担しているともいえる。先日も「ホンダが通勤手当を廃止して、在宅勤務手当を新設する」というニュースがありました。働く個人に、オフィスの賃料分のサポートが必要だという考え方も広がってくるかもしれません。
(BSテレ東日経モーニングプラスFTコメンテーター 村野孝直)
BSテレ東の朝の情報番組「日経モーニングプラスFT」(月曜から金曜の午前7時5分から)内の特集「値段の方程式」のコーナーで取り上げたテーマに加筆しました。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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