さて、ここで1925年にスコット・フィッツジェラルドが発表した小説「グレート・ギャツビー」を開いてみましょう。何度も映画化されてもいますから、説明は不要でしょう。物語は22年のニューヨーク郊外、ロングアイランドが背景。時は、夏の盛り。主人公のジェイ・ギャツビーは白のフランネルのスーツで登場。むろん、スリーピース・スーツです。

スリーピースをまとったギャツビー(c)2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

1920年代の「上流」とは 暑さに耐えるやせ我慢

ちょっと細かな話でありますが。今のフランネルと、20年代のフランネルとは違います。20年代は、多く「紡毛フラノ」。今はたいてい「梳毛(そもう)フラノ」。また「背抜き」などという小ざかしい仕立て方もありませんでした。つまり2020年と比べて、実質、はるかにフランネルのスーツは「暑かった」のです。

にもかかわらず、ギャツビーは白のフランネル・スーツを着た。どうしてなのか。それが「上流」であることの習慣だったから。手短に申しますと暑さに耐えることも「上流」の一部だったのです。白のフランネルは10年代以前の運動服で、「運動服だから涼しい」と、当時のアメリカ人は考えたのですね。

余談ではありますが「グレート・ギャツビー」を開きますと、「スポーツ・シャツ」の言葉が出てきます。フィッツジェラルドは、24年の流行語を、さっそく使っているのです。ネクタイを結ぶシャツに対してネクタイを結ばないシャツが、「スポーツ・シャツ」の名前で売り出されたのは、24年だったのです。

さて、結論。盛夏にいちばん涼しい服。それは白麻の三つぞろいであります。麻は、天然素材の中でもっとも涼しい生地。また、白は、太陽光線を吸収しません。さらにスリーピース・スーツは、心の「ネジ」を巻いてくれます。総合温度として考えると、白麻がいちばん涼しいのです。

ところでフィッツジェラルド自身は、どんな人物だったのか。どんな服装だったのでしょうか。若い頃のフィッツジェラルドは、典型的な「アイビー青年」だったのです。分かりやすく申しますと、上から下まで「ブルックス・ブラザーズ」を着るような青年だったのです。

「華麗なるギャツビー」のシーンから(c)2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

選んだ大学が、「プリンストン大学」。俗に「アイビー八大学」といいますが、「プリンストン大学」はその中でも、いちばんハイカラな気風の大学とされたもの。ごく簡単に言って、富裕層の子弟が少なくなかったのです。要するにフィッツジェラルドは、この時「背伸び」した。言い換えれば、「スノッブ」でありました。

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米国のスノッブ=英国好きだった