英国流のスノッブ極めた ギャツビーの華麗なスタイル服飾評論家 出石尚三

2013年の映画「華麗なるギャツビー」では、レオナルド・ディカプリオがキャツビーを演じた(c)2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
2013年の映画「華麗なるギャツビー」では、レオナルド・ディカプリオがキャツビーを演じた(c)2013 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。



「涼しさ」は格好だけでは決まらない

暑さが長引くこのごろは、涼しい服装でありたいものです。それで、涼しい服について、ひと言。「夕涼み よくぞ男に 生まれけり」

江戸の句にそんなのがあります。男であってみれば、浴衣一枚で、うちわを使っていられる。そんな様子なのでしょう。でも、21世紀の今は、逆さまで、「夏姿 よくぞ 女に生まれけり」でしょう。

男はいざとなれば、シャツにネクタイを結んで、上着まで着なくてはならない。

これに対して女は、ほとんど素肌に近い格好でも許される。ミニスカート結構、ノースリーブ結構、サンダル結構、素足結構………。とても女の夏姿には、男はかなわないのであります。

こうして「かなわない」と諦めたところから、工夫がはじまるのです。「必要は発明の母」というではありませんか。

さて、そこで。「涼しさ」とは何か、の問題があります。「涼しさ」は二つの面から、引き出されるのです。機能面と精神面とから。極端な例ではありますが、ぬれたシャツは、涼しい。ぬれたシャツの水分は蒸発するので、気化熱が奪われる。よって温度が下がります。

では、社長の前で営業成績を報告するときには? 暑さを忘れています。これは、精神面の作用でありましょう。つまり「涼しさ」は機能面だけでは語れない部分があるのです。

誰の心にも、「ネジ」があります。「ネジ」をきりりと巻いてある状態と「ネジ」が緩んでいる状態とでは体感する温度は異なります。心の「ネジ」を巻いてあると、ある程度暑さに耐えられる。「ネジ」が緩んでくると、同じ暑さでも耐えがたいのです。

ネクタイに置き換えてみましょう。ネクタイを結ぶことは、「ネジ」を巻くこと。体温は1度ほど下がります。ネクタイを外すと、実質温度が1度下がる。でも、「ネジ」の緩みによって、精神温度は2度上がる。

このように考えると、ネクタイを解いたからといって総合温度が下がるとは言えないのであります。要するに機能温度と精神温度との総和からほんとうの「涼しさ」が発生するのですから。

次のページ
1920年代の「上流」とは 暑さに耐えるやせ我慢
SUITS OF THE YEAR 2020
Watch Special 2020
Instagram