日経ナショナル ジオグラフィック社

「私の経験から言えるのは、現時点で、すみやかに治験を開始できる態勢は整っていないということです」と、ニューヨーク市のアルバート・アインシュタイン医科大学感染症学部長で抗体の専門家であるリーズアン・ピロフスキー氏は言う。「治験の実施計画書がないわけでも、積極的に取り組もうという研究者や患者がいなかったわけでもありません。ただ、資金と組織化された監督機能が欠けていました」

「WIRED」の8月21日付の記事によると、米国でのコンパッショネートユースは急速に拡大し、2700以上の病院で実施されているが、そのうちの一部は臨床試験の十分な仕組みもノウハウも持ち合わせていないという。メイヨー・クリニックだけでも、入院患者への回復期血漿の使用に保健福祉省から4800万ドル(約50億円)の予算を受けていた。

「あまりの人気ぶりに、魔法の治療薬という印象を与えてしまっていますが、それは正確ではありません。全ての非無作為化試験で期待できる兆候がみられるものの、まだ自信をもって効果があるとは言えない、というのが現状です」と、米ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの感染症の専門家ミラ・オルティゴーザ氏は話す。

本来であれば、大規模な治験を行い、無作為に分けられた被験者が本物の治療薬かプラセボ(偽薬)のどちらかを投与されてその結果を比較する。だが今のところ、世界では治験の規模が小さいか、あるいはメイヨー・クリニックのように対照群のない観察研究しか行われていない。対照群なしには、患者が自力で回復したのか、血漿なしでも結果は同じだったのかを知ることはできない。

「率直に言って、回復期血漿療法を受けた数万人の患者が、それによって回復したのか、悪くなったのか、それとも全く変わらなかったのか、最終的に判断のしようがありません」と、英国の治験を率いる1人である英オックスフォード大学心臓学教授のマーティン・ランドレー氏は言う。

7月30日、メイヨー・クリニックのマイケル・ジョイナー氏の研究チームは、査読前の論文を公開するサイト「MedRxiv」に複数の小規模治験の結果をまとめた総説論文を投稿し、新型コロナ患者への回復期血漿療法の有効性が示唆されると結論付けた。FDAも、同じ治験と研究、そしてより広範囲なメイヨー・クリニックのコンパッショネートユースの結果を引用して、緊急承認を決定したとしている。総説の共同著者であるピロフスキー氏は、FDAに対するあからさまな圧力はあったものの、承認の決定は正当であると言う。

「私は科学とデータを信用し、FDAによる決定も同じく科学とデータに基づいていると信じるに足る理由があります。今回はただ、本当に残念なことが重なってしまいました」

次のページ
無作為化比較試験によってのみ評価