「正解が見当たらない」も立派な正解

そもそも「正解が存在する」という前提がおかしい。クイズ番組では勝者と敗者を分ける必要があるから、厳密な正誤判定が求められる。当然、正解は唯一だ(複数回答の場合もあり得るが、正解の群は一般的に一つ)。これはこれで筋が通っている。高校や大学の受験でも、定員ちょうどの合格者数を選ぶためには、不合格者との線引きが必須だから、入試問題にははっきりした正解が用意されている。ふるい分けの道具・装置なのだから、仕方がない。

しかし、仕事や暮らしの場では、必ずしも正解も不正解もないケースのほうがむしろ当たり前だ。夕食のおかずがハンバーグでもトンカツでも構わない。食べ盛りの子どもたちの食欲が「その日の正解」を決めてくれるだろう。不正解があるにしても、家計のやりくり上、マツタケは選びにくいといった事情があるだけの話だ。

望ましい正解がまだみえていないからこそ、互いに相談して、知恵を出し合う意味がある。それぞれが持ち寄った正解Aと正解Bを掛けたり割ったりするうちに、もっと好ましい正解Cが見付かることもある。あらかじめ決められた正解に逆らえない構図のテレビクイズとは異なり、現実世界の正解は割と融通がきく。

「正解」をあえて決めないという向き合い方も時に有益だ。締め切りの迫った仕事では、時間との見合いで、生煮えの決断を迫られるケースが珍しくない。番組の進行上、瞬時に正誤判定を求められるテレビクイズはその典型だ。

でも、急いで決める必要性が低い案件であれば、結論を先延ばしするというのも立派な知恵だ。近年は欧米ビジネス界流の素早い判断スピードがもてはやされるようになっているが、目先のそれらしい「正解」に飛びつくのが常に好ましいわけでもないはずだ。決めなくても済む「正解」は、時間をかけてじっくり練ってもいいだろう。

「決められない政治」と批判された時代をへて誕生した安倍政権は割といろいろなことを決めてきた気がするが、どれもが「正解」だった気はしない。政権後半の代名詞的な「1強」という言葉には、「もっと世の中の声を聞いてほしい」というニュアンスがにじむ。「アベノマスク」あたりは誰かに吹き込まれた「間違った正解」に飛びついてしまった感じすらある。

物事を考える際に、「望ましい正解があり、それを見付けるのが議論の本道」という考え方は時に危うさをはらむ。性急に「正解」を求める態度は熟慮や気配りを置き去りにし、多様な意見を排除するおそれもあるからだ。

受験勉強で教え込まれた、正解を素早く見付けるスキルは必ずしも万能ではない。世の中には「合理的ではない正解」も「まだ見付けようがない正解」もあり得る。思考のアウトサイダーである芸人の発想は、常識にとらわれない考え方に触れるうえで価値が大きい。その意味において、出題に即した正解を彼らに求めるクイズ番組はもったいないことをしているとも思える。

コロナ禍の影響で、予算や制作手法に制約が生じて、割とつくりやすいクイズ番組が増える事情は想像がつく。言葉が飛び交うトーク番組や演芸番組より、解答とショートコメントが中心のクイズ番組のほうが段取り通りにまとめやすい点でも好都合なのだろう。

しかし、芸人は本来、当意即妙の受け答えや、絶妙の間(ま)、独特の語り口などの話芸を磨き、身を立ててきた。その話芸はそれぞれにオンリーワンであって、「不正解」はない。短いワンフレーズしか切り取ってもらえないようなクイズ番組でも、彼らの芸達者ぶりはうかがい知ることができるものの、やはりちゃんとした話芸で視聴者を楽しませてもらいたい。

コロナ禍は人と人との接触を減らし、無駄を省く行動や思考を広めた。オンライン会議でも短時間で結論に至るような議事運びが一般化しつつある。はやりの経営理論や思考メソッドを頼りに、わかりやすい結論や目標にまっしぐらの議事進行は、職場の「会議芸人」とも呼べそうな、しゃべりやパフォーマンスの芸達者たちを退場させてしまいつつある。「正解ありき」ではない、奥深くヒューマンなしゃべりがテレビにも職場にも早く戻ってきてほしい。

※「 梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4木曜掲載です。次回は2020年9月23日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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