信頼を得た「三方痛し」思考 MBA留学機に実業の道へNTTデータ副社長 藤原遠氏(下)

NTTデータの藤原遠副社長の初配属先は高松市の電報局だった
NTTデータの藤原遠副社長の初配属先は高松市の電報局だった

NTTデータの藤原遠(とおし)副社長は金融機関向けのシステムや情報ネットワーク構築といった仕事に長く携わってきた。現在はコーポレート総括・技術総括担当兼人事本部長としてグローバル経営戦略と次世代技術戦略づくりを担当する。工学系の出身者でありながら、研究職へは進まず、経営ノウハウを積み重ねて、マルチに活躍できる理系キャリアパスを歩んできた先駆者でもある。そのきっかけとなったのは、米国へのMBA(経営学修士)留学のチャンスだった。

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当時ではまだ少なかった欧州への卒業旅行を終えて、民営化したNTTに入社した。1985年4月に日本電信電話公社が民営化した初年度の第1期生となった。振り出しは香川県高松市の電報局。当時はテレックスなどを使ったデータ通信が残っていた時代だった。地方銀行に納めたオンラインシステムの維持保守作業として、保守用のプログラムの作成や泊まり込みでの磁気テープの交換をしていた。

米MBAコースで奮闘 英語は付け焼き刃

ただ、80年代後半に半導体技術の進化などにより日本国内で「第2の人工知能(AI)ブーム」とも呼ばれる動きが起こり始めると、藤原氏は民営化後のNTT社内に新設されたAI関連部署へ異動になった。そこから通商産業省(現経済産業省)所管の研究機関に出向となり、AIなど幅広い用途に活用できる新たなコンピューターを研究開発する仕事に就いた。

「非常にやりがいのある仕事でしたが、ちょうどその時期にNTTの人事部から『海外MBAコースに留学できるチャンスがある』と打診がありました。研究機関の上司に相談する前だったのに、『はい、行きます!』と即答してしまいました」

NTTの分割化で88年に設立されたNTTデータに転属になったが、新会社でも「社員の留学派遣制度は重要だろう」となり、藤原氏がテストケースとして米国に行くことになった。今のようにインターネットで留学情報がすぐに手に入る時代ではなかった。手探りで調べて準備しながら、後に留学する社員が使えるようにと「留学マニュアル」のひな形のようなものを自身で作ったという。

留学先は米ニューヨーク州にある米コーネル大学のMBAコース。自身ではコンピューターサイエンスやAIしか学んだことがなく、「英語もほとんど付け焼き刃。ファイナンス(財務)、アカウンティング(会計)、マーケティングなど、それまで全くなじみのなかった授業は本当にチンプンカンプンでした」。たくさんの宿題をこなすため、友人らに手伝ってもらいながら夜中まで図書館でリポートを書いた。「ただ、助けてもらってばかりではいられませんから、こちらもできることを『ギブ(give)』しようと考えていました」

ちょうど授業にもコンピューターが使われ始めた時代で、「コンピューター関連や数学については積極的に手伝い、統計や経営工学などの授業では友人らに知識や考え方を提供していました」。相互に協力し合う「共生の重要性」が身にしみたのも留学での経験が大きいという。

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