多彩な白ワイン「シャブリ」 料理との相性で選ぶなら
エンジョイ・ワイン(30)
1980年代のバブル期に、辛口白ワインの代名詞として一世を風靡したシャブリ。和食にも合うとされることから、ブームが去った今も安定した人気を誇り、フランス料理店だけでなく、ちょっとおしゃれなすし店や和食の店でもシャブリを置いているところは多い。一口にシャブリと言っても様々な種類があり、種類によって料理との相性も変わってくる。そんなシャブリの人気の秘密や楽しみ方を紹介する。
シャブリはもともと、世界的な銘醸地フランス・ブルゴーニュ地方の北端に位置する村の名前。村名がそのままワインのブランド名になっている。品種はシャルドネ100%。冷涼な気候を反映したキリっとした酸味が特徴で、辛口と評されるゆえんだ。ブルゴーニュには他にも、モンラッシェをはじめ世界に名だたる白ワイン産地がたくさんあるが、日本で最も流通量の多いブルゴーニュ産白ワインはシャブリの名を冠したワインで、ブルゴーニュ産白ワイン全体の50%弱を占めている。
酸の切れ味が鋭いスリムな印象のもの、ハーブの香りの強いもの、よりフルーティーな感じのもの、飲みごたえのあるフルボディーのものなどシャブリの味わいも様々で、多彩だ。違いを生む最も大きな要因は畑の「格」。格は基本的に畑の場所によって決まり、4つの格があり、ボトルにフランス語で表示されている。
最上格は「シャブリ・グラン・クリュ(Chablis Grand Cru)」。クリュは畑の意味で、グラン・クリュを名乗れる畑は7つある。すべてシャブリの街を見下ろす小高い山の南斜面にあり、互いに隣り合っている。水はけがよく日照量が豊富なため、ブドウがよく熟す。そうしたブドウから造られるグラン・クリュのワインは、完熟した柑橘(かんきつ)系果物の甘い香りを発する。また、木樽(たる)で熟成させるため、樽由来のほんのり甘い香りやタンニンの渋みも加わって、複雑さや厚みを感じるフルボディーに仕上がる。
次に来るのが「シャブリ・プルミエ・クリュ(Chablis Premier Cru)」。畑の数は40前後で、山の南や東斜面という好位置にある畑が多い。単に「シャブリ(Chablis)」と名の付いたワインは、グラン・クリュ、プルミエ・クリュ以外の畑のブドウから造られたシャブリで、いわばスタンダード(標準)タイプだ。上位2つの格と比べ、凝縮感では劣るが、スッキリとした味わいで、値段も比較的手ごろだ。生産量も、シャブリ全体の約3分の2を占め圧倒的に多い。
「プティ・シャブリ(Petit Chablis)」と他の3つの格との違いは、土壌にある。太古の昔は海の底だったシャブリの土壌は、牡蠣(カキ)殻などの化石からできたキンメリジャンと呼ぶ独特の石灰質土壌で、シャブリ特有のミネラル感の原因とも言われてきた。山の頂に広がるプティ・シャブリの畑はこれとは質の違う土壌のため、表示も区別している。
ワインの味わいが違えば、料理との相性も当然違ってくる。先日、メルシャンが行った実験結果を見てみよう。
実験は、メルシャンが輸入するアルベール・ビショー社のシャブリ・グラン・クリュ、シャブリ・プルミエ・クリュ、シャブリに、牡蠣料理、天ぷら料理を合わせた。ワインの世界的な権威であるマスター・オブ・ワインの称号を持つ大橋健一さんと、ワインテイスターの大越基裕さんが中心となり、相性を検証した。
昔から「牡蠣にはシャブリ」と言われるほど両者の相性はよいが、牡蠣の産地や料理の仕方によって相性の度合いが異なることが改めて確認できたという。
例えば、北海道・厚岸産のクリーミーな味わいの生牡蠣は、スタンダードタイプの中でも比較的ボディーに厚みのあるシャブリが合った。逆に、兵庫産のスッキリとした味わいの生牡蠣には、同じくスッキリとした味わいのシャブリのほうが好相性だった。とはいえ同じ兵庫産の生牡蠣でも、バターをつけると今度は少しボディーのあるシャブリのほうが、相性が良い。
一方、牡蠣フライでは、グラン・クリュ、プルミエ・クリュとの相性が抜群だった半面、スタンダードタイプのシャブリとの相性はいま一つ。その理由を大越さんは、「牡蠣フライは油を使っているのでリッチな味わい。だから、リッチな味わいのグラン・クリュやプルミエ・クリュと合う」と説明する。
少し専門的な話をすると、シャブリは通常の発酵が終わった後に、ワインの中のリンゴ酸を乳酸菌の力で乳酸に変換するマロラクティック発酵を行うのが醸造の特徴だ。グラン・クリュやプルミエ・クリュは特にこの割合が高い。酸味を和らげるのが目的だが、副産物として生成されるジアセチルなどの化合物がバターのような香りを発するため、クリーミーやリッチな味わいの料理と相性が良いとされる。
アスパラの天ぷらに一番よく合ったのは、スタンダードタイプのシャブリだった。一方、アナゴやエビの天ぷらは、プルミエ・クリュやグラン・クリュを合わせると、料理、ワイン双方が引き立った。天ぷらは油を使っているが、中身が野菜の場合は、スッキリとした味わいのシャブリのほうが合うようだ。ワインは全般にショウユとの相性が良くないので、天ぷらは、ワインと合わせる時は塩で味わったほうが良いという。
ワインの世界では、魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワインがセオリーだ。しかし、シャブリ・グラン・クリュやシャブリ・プルミエ・クリュは、肉料理との相性も抜群。実際、シャブリ地区やブルゴーニュ地方には、豚肉を使った有名な郷土料理「アンドゥイエット」(豚の内臓の腸詰め)や「ジャンボン・ペルシエ」(ハムとパセリのゼリー寄せ)などがあり、地元の人たちはシャブリと合わせて楽しんでいる。
筆者も取材でシャブリを訪れたことがあるが、ワイナリーでお昼をごちそうになった時に、自家製のアンドゥイエットが出てきた。ワイナリー自慢のシャブリとの相性はピッタリだった。
世界のワイン産地は現在、飛躍的に拡大し、日本で流通するワインの種類も格段に増えている。そのため、シャブリもかつての圧倒的な存在感はなくなった。それでも長年にわたり安定した人気を維持しているのは、その料理との優れた相性力ゆえに違いない。
(ライター 猪瀬聖)
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