――では、スーツの楽しみ方といいますと……。
「一番は素材です」
――デザインで勝負するものではない、と。
「男の洋服というのは本来、あまり(形を)触ってはいけない。男のおしゃれの本質はデザインの変わったものを着ることではありません。できるだけベーシックなものを、どこまで、人と違ってみせるか。これが、男のおしゃれの神髄」
ミリ単位の変化が時代を表す
――そのスーツも時代によって形や丈が変化しています。
「そう。襟でいえば襟の幅が太くなったり、ゴージライン(上襟と下襟を縫い合わせたライン)が下がったり。デザインの大枠を変えるのではなく、細部をミリ単位で触る。すると、時代時代の新しさが出ます。スーツの形が変わらないといって、30年、40年前のものでいいのか。違います。昔の時代のスーツはひと目で分かる。だから、細部にちょっと手を加えて、今風に見せる」

――すると長く着られる。考えると、サステナブルですね。素材の話に戻りますが、どう楽しみましょうか。
「素材は、ツイードから薄いナイロンまで多種多様。たとえば真冬になれば、ヘリンボーンのスーツだとか、グレンチェックのスーツを着る。ただ、男が着るヘリンボーンの幅やグレンチェックの大きさにも、やっぱり決まりがあるんです」
「そうした制約の中でどう個性を出すか。これは追求のしがいがある。たとえばツイードはほんとうに手間がかかる素材です。手紡ぎで、番手を手で調整するから、生地表面のブツブツだけでも表情が違うし、同じ色合いの生地を見つけるのも難しい。そのくらいバラエティーがある。そうした素材の『味』を楽しむのがスーツの醍醐味です」

――素材選びの面白さが伝わってきます。
「ましてこのごろは、温暖化のせいもあって従来の重いツイードではなくて、同じイタリア製であっても軽い、洗えるといった新しいツイードが出ています。ツイード=暑くて重い、というものとは限らない。でも、重いのを我慢して着るのもおしゃれだけれどもね」
――スーツならではの素材は、ほかにどんなものがありますか。
「ウール系でオーソドックスなものならフラノ(厚地の毛織物)や、軽くて薄いツイード調のサキソニー。フラノはぜいたく系素材。毎日着ていたらすぐお尻が抜けてくるから。でも、単品の着回しができるし、丸の内のビジネスマンには、こういう目先が変わるスーツにトライしてほしいですよね」