うつ休職から仕事に復帰したい なんで「リワーク」?
うつのリワークプログラム(中)
こんにちは、編集者・ライターのふくいひろえと申します。以前、うつで休職していた私は、「リワークプログラム」を受けて復職し、今では「うつ患者」から「元うつ患者」になって、元気に働いています。
前回記事「まさか自分? うつの私、リワークプログラムに出合う」では、うつ発症時のこと、休職、そして「リワークプログラム」に通うことになるまでを、お話ししました。
今回は、リワークプログラムの立案者で統括者の、「東京リワーク研究所」五十嵐良雄所長にプログラムの成り立ちや、概要について尋ねました。
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「会社としては、リワークプログラムを受けてから復職してもらいたい」
早く仕事に復帰したかった私にとって、なぜ勤務先の会社が、このプログラムをこんなに強く勧めるのか、その理由がよく分かりませんでした。いったい、どういうこと? 最初はそんな気持ちでいた私でしたが、その理由はすぐに判明します。
うつ休職から復職する人たち向けの「復職支援プログラム」
うつの「リワークプログラム」がスタートしたのは、2005年。東京・虎ノ門の精神科クリニック、「メディカルケア虎ノ門」が考えた、うつによる休職から復職する人たち向けの復職支援プログラム、「リワーク・カレッジ」が始まりだそうです。
「リワーク(Re-Work)」の「リ(Re)」は、「Return(リターン=戻る)」の意。ワーク(Work)は仕事。「リターン トゥ ワーク」、つまり仕事に戻るためのプログラムというわけです。
会社に出勤するのと同様にプログラム施設に通い、同じ病気の仲間と集団で活動するなかで復職の準備を行うものです。
その後、2008年に、このプログラムの導入を支援する「うつ病リワーク研究会(現・日本うつ病リワーク協会)」が設立され、全国の医療機関に広がり、現在は国内200以上の医療機関が、それぞれの地域性や患者の状況などに応じて、このプログラムを実施しています。
プログラムは「うつ」による休職者の復職を支援するだけでなく、再休職防止に効果を上げ、現在、「リワーク」という言葉は、従業員の安全と健康を考える産業保健の関係者の間では知らない人がいないほど、認知されています。
プログラムを受けずに復職すると、働き続けるのは難しい?
このプログラムの先駆者であるメディカルケア虎ノ門では、2014年末までの10年間に、約1000人のうつ患者がプログラムを利用して復職しました。
2012年に同クリニックが実施した復職後の就労継続状況の調査では、プログラムを利用して復職した人たちの就労の継続率は、復職後3年の時点でおよそ7割という結果でした。
一方、プログラムを利用せずに復職した人たちの、復職後3年時点の就労の継続率はなんと2割以下。この調査から、プログラムが高い効果を上げていることが分かります。
プログラムを受けずに復職した場合、そのわずか3年後には、8割の人が就労を継続できていないという調査結果は、うつによる休職からの復職の難しさを物語っています。
私が休職していた当時、すでにプログラムのこうした効果については知られるところとなっていたようです。
私の勤務先の人事担当者が、「うつによる休職からの復職者は体調を崩しやすい」と話して、「リワークプログラムを受けてから復職してもらいたい」と言った理由はこういうことだったのか! と納得しました。
「症状が消え、会社に毎日通えるレベル」では再休職してしまう
五十嵐所長は、「リワークプログラム」を導入した当時を振り返ってこう話します。
「クリニック開設当時は、『うつの症状が消えて、毎日、会社に通えるレベル』の体調の回復を目指していましたが、すぐにそれではダメだと気づきました。『復職可』という診断書を書いて送り出した患者さんたちの多くが、復職後に体調を崩し、再休職して戻ってきてしまっていたからです」
2009年に、メディカルケア虎ノ門が全国の精神科クリニックと病院の精神科医師、計2500人に実施した「うつによる休職者の復職時や復職後に困ること」を尋ねたアンケートでも、実に半数以上の精神科医師が「復職可能な状態かどうかの判断が難しく、迷うことが多い」「復職しても短期間で再休職することが多い」と回答しています。
さらに、「復職直前に、簡易的な業務を用意したり、休職の状態での『リハビリ出勤』の期間を設けたりする企業もありますが、多くの企業は、昨今の厳しいビジネス環境もあって、復職する社員に、以前よりもかなり高いレベルの回復状態を求めるようになっています。そして、『なぜ、リワークプログラムが必要なのか』を患者さんに説明するときに示すのが、この図です」と、五十嵐所長が見せてくれたのが下の図です。
図の縦軸は病状の改善度、横軸は時間の経過を表しています。
会社を休職した時点が「休職開始」の改善度で、だいぶ具合が悪い状態です。ここから治療を開始して、症状が改善していき、自宅療養の状態で主治医が復職可能と判断するのが、この表の(1)くらいの改善度の段階です。五十嵐所長はこう話します。
「実は、この図は私自身の経験を基に作りました。この図に書かれている主治医というのは私自身のことです。なぜ患者さんが復職に失敗したのかを探ったとき、会社が求める病気の改善度と、私が復職できると判断した改善度とにギャップがあったからだろう、判断が早かったのだと考えました。
加えて、会社が求める職場復帰に必要な回復レベルは年々高まっています」
かつては、週2日働ければいい、軽減勤務や短時間勤務ができればいいという会社が多かったといいます。それが表の(2)のあたり。
ところが、今は企業に余裕がなくなり、(3)のレベルが求められています。
「週5日の定時勤務で、ほかの従業員と同じように仕事をしても休まず働ける状態になるまで、しっかり治して職場に戻ることを求める企業が増えている」と五十嵐所長。
この図の(1)と(3)との間の、ギャップを埋めるためのリハビリテーションのプログラムがリワークプログラムというわけです。
仕事に戻るということは、社会に戻るということ
さらに五十嵐所長は、リワークプログラムの必要性についてこうも話します。
「朝の通勤ラッシュに始まり、会社に行けば業務という仕事だけではなく、同僚や上司、得意先などと付き合う人間関係のなかに戻っていくことになります。
そこでは、単にパソコンの画面を見てキーボードをたたいているだけではありません。仕事での人間関係は、個人同士の関係が複雑に絡み合うもの。苦手な上司や同僚、得意先だっているでしょう。復職するということは、そうした『社会』に戻って、環境に適応し続けること。もっと言えば、仕事上の成果を出すことも課せられます。
一方で、うつは慢性化しやすく、再発しやすい。しかも、一度再発すると、その後はさらに再発しやすくなり、再発までの期間も短くなっていくといわれています。
だからこそ復職する前に、しっかり病気を治すことはもちろん、仮に、うつを発症したときと同じような環境に置かれたとしても、元気に、はつらつと働けるくらいになって戻ることが必要です。
復職には『会社で再休職せずに仕事を続けられる回復レベル』が必要だということ。これに達していなければ、復職は失敗します。うつが再発する可能性が高いのです。
そして、『この患者さんを復職させて大丈夫なのか、この患者さんは復職後に再休職せずに済む働き方ができるのか』という判断は、診察室内で患者さんの様子を診ているだけではできません。そう考えて私は、集団で行う、このプログラムを考えたのです」
(文 ふくいひろえ)
※この記事は「うつのリワークプログラム」(五十嵐良雄著)の内容を再構成したものです。次回は、「リワークプログラム」基本の3つのステップについて解説します。
東京リワーク研究所所長。精神科医・医学博士。医療法人社団雄仁会理事長。メディカルケア大手町院長。1976年、北海道大学医学部卒業。埼玉医大助手、秩父中央病院院長などを経て、2003年メディカルケア虎ノ門開設。2008年、うつ病リワーク研究会発足、代表世話人に就任。2018年、一般社団法人日本うつ病リワーク協会理事長に就任。
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