コロナワクチン接種義務の未来 米国社会が示唆する姿

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

ワクチン接種の準備をする看護師。2020年8月16日撮影(PHOTOGRAPH BY DAVID CHESKIN, PRESS ASSOCIATION VIA AP)

大事な試合を観戦するため、あなたはチケットを握り締めて競技場に向かっている。しかし、競技場の周囲には長い列。原因は競技場の入り口だ。みんなが財布やポケットから小さな紙切れを取り出していて、入り口を通過するには、それを係員に提示しなければならない。コロナワクチン接種の証明書だ。

いま、一部の専門家はこのような未来を予想している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを接種したと証明しなければ、スポーツを観戦することも、店でマニキュアを買うことも、仕事に行くことも、列車に乗ることもできない未来だ。

「ワクチン警察があなたの自宅のドアをたたき壊し、無理やり注射を打つようなことはないでしょう」と、米ニューヨーク大学医学部の生命倫理学者アーサー・キャプラン氏は述べている。

ただし、学童、軍関係者、医療従事者がある種の予防接種を義務づけられているように、キャプラン氏をはじめとする複数の医療政策専門家は、地方自治体や雇用主が予防接種を制度化あるいは強制する未来を思い描いている(編注:日本の法律では努力義務規定にとどまり、予防接種を受けるかどうかを最終的に決定するのは本人か保護者)。

米国では、予防接種義務のほとんどは連邦政府によって発令される。予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)が小児と成人のワクチン接種に関する提言を行い、州議会または市議会が最終決定を下す。

予防接種の義務は公立学校の通学と関連づけられることが多く、50州すべてが公立学校の生徒に対し、医学的、宗教的、哲学的な理由がない限り、いくつかのワクチンを接種するよう義務づけている。

従業員や一般市民など、成人の予防接種義務は、小児ほど広く課されていないが、決して前例がないわけではない。州や市が住民に予防接種を義務づけることは可能で、実際に行われている。

例えば、マサチューセッツ州ケンブリッジでは1901年、21歳以上の全住民を対象に、天然痘の予防接種を義務づける法律が採択された。違反者には5ドルの罰金が科された。現在の物価に換算すると約150ドル(約1万6000円)だ。この法律に異議を唱える住民もいたが、裁判で敗訴した(米国で天然痘が最後に発生したのは1949年)。

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