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氷川きよし 自分にしかできない曲を、安泰よりは冒険

氷川きよしインタビュー(上)

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NIKKEI STYLE

日経エンタテインメント!

今年デビュー20周年を迎えた歌手・氷川きよし。6月に初のポップスアルバムをリリースした。なぜ今なのか。どこかベールに包まれている彼に起きている不思議な変化について、話を聞いた。上下の2回に分けて紹介する。

撮影スタジオで出会い頭、丁寧に頭を下げつつ、「デビュー初期の頃にエンタ!さんに載せていただいたことがあります!」と笑顔を見せた氷川きよし。その記憶力と心遣いに驚かされた。

ちょうど20年前の2000年2月に『箱根八里の半次郎』で歌手デビュー。その年の新人賞を総なめにし、現代的なルックスと堂々たる歌唱力は演歌界のプリンスとして、あっという間に彼をスターダムに押し上げた。『NHK紅白歌合戦』にはデビュー年以来20回連続で出場している。

休むことなく最前線で戦い、築き上げた輝かしいキャリア。ただ、国民的な超有名歌手でありながら、素の彼がどんなキャラクターでどんなものを好きで、どんなことを日々考えているのか、ほとんどの人が知らないのではないだろうか。誰もが知っているのに誰も知らない。芸能界においてとても不思議な存在である。

「そうですね、バラエティ番組とかあまり出ないので……(笑)。一対一でじっくり話せるトークとかならいいんですけど、人がワーッと大勢いるのが得意じゃないんですよ。会話についていけなくて、1人だけぽつんとしちゃう。今回初めてポップスのアルバムを出すことになって、これまで出たことのなかった番組やいろんなメディアにも呼んでいただいているんですが、視界が広がり、演歌ファン以外の方の目にも触れられるのはすごくうれしいなと思っています」

"今"の自分をアピールできる曲を

20周年にして放つ初のポップスアルバム『Papillon-ボヘミアン・ラプソディ-』が6月に発売された。これまでにも企画物として"KIYOSHI"名義でポップスを歌うことは何度かあった彼だが、本格的なイメージチェンジに踏み切った経緯はいかなるものだったのか。

「ずっと変わりたいという思いはあったんです。演歌でデビューしましたけど、一方でポップス歌手への憧れというのも子どもの時からあったから。その気持ちをやっぱり大事にしてもいいのかなって。

それに、40過ぎて"演歌界のプリンス"と言われ続けるのも照れくさいな……って。プリンスと呼ばれるのが嫌なんじゃなくて、氷川きよしという、いちシンガーとして見てもらいたいというか、1つの殻をいまだに破れずにいる気がして。演歌界のプリンスと言われる若手はその後もどんどん出てきて、そういう人が現れるたびに比べられもする。仕方のないことかもしれないけど、こんなに長いこと必死で頑張ってきて、まだ人と比べられてしまうのか――と、近年、疑問を覚えていたのもありました。

どこに行ってもいつまでも『ズンドコ』(02年『きよしのズンドコ節』)と言われる。あの曲はもちろん大切な宝物ですけど、過去のヒット曲であること、昔の人になっていくことに、大きな拒否感があったから。今をアピールできる作品が欲しいなと何年か前から思っていて……そんな時にアニメソングの『限界突破×サバイバー』をいただいて、これだ! と思ったんです。このタイミングでお話をいただけたのは、流れを変えるチャンスに違いない、って」

きっかけはやはり17年の『限界突破×サバイバー』(アニメ『ドラゴンボール超』主題歌)。アニソンイベントにも出演し、いつもスーツや着物姿で品行方正なイメージの氷川が、パンクロッカーのような濃いアイメイクとタイトなレザー衣装に身を包み熱唱する様は、アニメファンを発火点としてSNSで一気に拡散。幅広い世代の度肝を抜き、"氷川きよし変身"を知らしめる文字通りの突破口となった。

演歌を始めたのも冒険だった

「『ズンドコ』からのギャップがあるぶん世間の皆様もびっくりして、注目してくださったんですけど。そのあと昨年あたりから、今度はSNSなどで自分の素の一面を発信するようになって……そこでもまた盛り上げてくださる方たちが大勢いて。そうした流れで、かねてからの希望であったポップスアルバムも出せるかなって、実現に動き出しました。

自分は自分にしかできない曲を歌いたい、安泰よりも冒険を、他の人がやってないことをやりたいと思ってしまいます。そうやって自分は生きてきたので。そもそも高校生の時に演歌を始めたのも『他に誰も歌ってないし、若い男の子の演歌が出たらインパクトあるかな』という狙いがあったからなんです(笑)」

胸のすくようなコブシ回しが氷川の強みだが、実は彼は、演歌歌手の多くが持っている民謡の素養とは無縁で育った。家族や周囲に歌の先生がいたわけでもない。他のクラスメートたちと同様、はやりのJ-POPやバンド音楽に親しむ少年が、聴こえるままに演歌歌手の歌い方をまねして歌っていたところ「それっぽく歌えるようになった」というから驚きだ。

「デビュー後は、ファンの方の期待に応えたい一心でがむしゃらに走ってきて、気付いたら40歳になってました。ポップスに進出するなら理想は30ぐらいかなと思ってたんですけど、10年前はそんな余裕なかったんですよね。いざやってみたら、40代でも気力さえあれば何でもできるんだなって今は思ってますけど。

演歌歌手・氷川きよしを応援してきてくださった方からすると抵抗があるかもしれません。でも、(ファンではない)世間一般の人にまで歌を届けるのって本当に難しいと思うんです。この20年で学んだことですけど、一生懸命、それこそ命懸けでやってるつもりでも、100やってることのうち1ぐらいしか世間には伝わらないのが現実。それじゃダメだ、応援してくださってる長年のファンの方に恩返しするためにも、そこにばかり頼って甘えていてはいけないんだなと。かなり思い切ったことやらないとこの状況は打破できないな、と分かったんですよね。

だから、今こそ挑戦させてもらいたいっていうか。ポップスアルバムが出たことで『あ、氷川きよしってこういう人なんだ、こういう曲も歌うんだ』と知ってもらって、その人たちに演歌も聴いてもらえたらいいなと思うし。今回のアルバムには濃い楽曲が14曲も詰まっていますけど(笑)、それはある意味、やりすぎと言われるくらいまで追い込まないと起爆剤にはならないなと思ってのことなんです。『限界突破×サバイバー』で興味を持ってくれた方たちに、お金を払ってまで聴いてみたいと思わせるものを作るためには」

『Papillon-ボヘミアン・ラプソディ-』
 デビュー20周年の節目に送る6年ぶりのオリジナルアルバム。ポップスのみのアルバムは氷川きよしとしては初であり、演歌チャートを飛び出した総合ランキングで初週ビルボード1位・オリコン2位を獲得した。進化する氷川自身を象徴する重厚なロックナンバー『Papillon』、クイーンの名曲のカバー『ボヘミアン・ラプソディ』、SNS社会へのメッセージをEDMに乗せて軽やかに歌う『キニシナイ』、奇抜な扮装のミュージックビデオが話題の『不思議の国』ほか全14曲を収めた意欲作。圧倒的歌唱力で示す人間・氷川の現在地が味わえる(コロムビア)。

(ライター 上甲薫)

[日経エンタテインメント! 2020年8月号の記事を再構成]

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