選手時代の心残り、プロ化進める 岡島喜久子さんWEリーグ初代チェア(折れないキャリア)

楽観主義で「苦労や嫌なことは忘れてしまう」。約38年間日米の金融業界を渡り歩き、昨年引退。米東部メリーランド州在住ながら、2021年秋に発足する日本初の女子プロサッカーリーグ「WE(ウィー)リーグ」初代チェアに就いた。

おかじま・きくこ 早稲田大学商学部卒。米メリルリンチなどに勤務。日本女子サッカー連盟事務局長も務めた。

WEリーグは「Women Empowerment League(女性エンパワーメント・リーグ)」の略。プロサッカー選手という職業を確立するだけでなく、監督やコーチを育成し、本部のスタッフ半数以上を女性にする計画だ。

大学卒業後、中学時代に始めたサッカーを続けるため、土曜日が休みの外資系銀行に就職した。人と会うのが好きで営業を希望したが、「女性では顧客が嫌がる」と外回りに出してもらえなかった。そこで転職し、営業で大きな業績を上げた。「自分がやりたいことを諦めなかったから、道が開けた」と強調する。

この時の経験が楽観主義につながっている。「地道に小さな成功体験を積み重ねれば、壁にぶつかっても『今度もなんとかなる』と自信が持てる」と言う。

1991年に米国人と結婚し渡米。就職した銀行では日本などアジア担当の部門で日本語が苦手な男性上司に「脅威」と見られ正当に評価されなかった。日ごろ相談していた女性上司に直訴し引き上げてもらった。

2人目の子供が生まれ、寝不足が続いていた時、「週3日でいいから続けてほしい」と言ってくれたのもその上司だ。米国には国の育児有給休暇制度がないため、産後2カ月半で職場復帰。出張には子供とシッターを伴い、アジア諸国の出張では日本に立ち寄って母親について来てもらった。「子育てのストレスを仕事で、仕事のストレスを子供の顔を見て解消していた」

心残りはサッカーだ。日本の女子サッカー初のクラブチームでプレーしていた70年代はボールを胸で受け止めるのをからかわれるなど「キワモノ扱いだった」。留学や研修が重なり83年代表チーム入りしたときは選手のピークを過ぎていた。「早すぎたんですね」

だからこそ日本の女子サッカーを盛り上げたいという思いは強い。それにはプロ化が不可欠だと強調する。スタジアムに託児所を設置し、働く母親にも試合を見に来てほしいという。「みんながわくわくするリーグにしたい」と意気込む。

(ワシントン=芦塚智子)

[日本経済新聞朝刊2020年8月31日付]

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