そのスポイル、どのスポイル? カタカナ語は難しい
立川談笑
このごろときたら、シナジーだのレガシーだのサステイナブルだの、ぞくぞくと登場し横行するカタカナ語たち。昭和世代のおじさんは、ついていくのがやっとです。日本語でやらかしてもらえないもんかい? と愚痴のひとつも言いたくなります。
今回はそんな中から「スポイル」に注目します。私にとっては、正確な意味や使い方がいまひとつ分からない言葉のひとつです。なのに、近ごろ妙に目につく言葉だなあと。
おっとっと、勘違いなさらぬよう! これは「スポイル」の正しい使い方講座ではありませんよ。落語家なりの言語感覚をもって、ウェブその他に散らばっている使用例をあれこれとながめた結果の、言ってみれば感想文のようなものです。「スポイル」をこの先使うことはないだろうけど、せめて理解はしたいじゃないか。
ややこしい話になるので、先回りして結論めいたことを明かしておきます。
なんと! 人によってずいぶん違う意味で使っているようなのです。そもそも、使われる場ごとに特徴的な意味合いを持つ「スポイル」が数種類ある。だから、単純な日本語に置き換えることがむずかしい。これは言葉を理解する上で大きなハードルです。
その上にファッション化というか、「何かかっこいいからちょっと使っとくか」みたいな、わりと自由な人たちがアレンジして使う。このあたりが、いくつもの顔を持つ「スポイル」という言葉のストライクゾーンを、さらにあやふやにしているようでもあります。まあ、そのつもりでゆるりとご覧くださいね。
勇猛な兵士が敗れてしょんぼり
カタカナ語として使われているのは主に、名詞としての「スポイル」、動詞として「スポイルする」、「スポイルされる」。また、スポイルされたの「スポイルド」、スポイルする人や物を指す「スポイラー」があります。
まずは元になった英語「spoil」の意味から見ていきましょう。Weblio英和辞典によると、他動詞としては「〈…を〉役に立たなくする、台なしにする」とか「〈食物を〉腐らせる」あるいは「〈人を〉過度に甘やかす」「〈ホテルなどが〉〈客に〉大サービスする」なんてのがあります。名詞では「ぶんどり品」「略奪品」「戦利品」。
ほほー、なかなかにネガティブな言葉が並んでいます。「駄目にする」が中心的のようでいて、一方で「戦利品」などポジティブとも取れそうな使い方もあるのが興味深い。
もともとは「動物の皮をはぐ」「略奪する」を意味するラテン語から来ている、ということです。狩猟民族の言葉だから、我々農耕民族の感性からはしっくりこない。実はそんな背景をもつ言葉なのかもしれません。ちょっと用心しつつ先に進むことにします。
語訳から想像力をふくらませるに、この言葉の原点には「鎧兜(よろいかぶと)で重武装した勇猛な兵士が戦いに敗れると一転すっかり丸裸にされちゃってしょんぼり……」と、そんな風景が浮かんできます。抽象的に言い換えて、「本来は活力に満ちたものに、誰かが手を加えることで劣化させる」ともなりそう。ひとまずはこれを「スポイル」のイメージとして一時保存しておきます。
ではここから、日本語での「スポイルする」「スポイルされる」の使われ方をひとつずつ見ていきます。
(用例)
・半年もかけて練った大事なプレゼンを、部長の一言でスポイルされた!
・料理は最高だったのに、店員の態度がそのレストランのすべてをスポイルした。
・モチベーション、ゼロ。スポイルひどい!
たぶんこれが一般的な使われ方です。勢いに乗っていたところを誰かにくじかれる感じ。飛行機が着陸する直前に翼に拡張させる「スポイラー」という装備の名称は、この意味からのようです。スポイラーを出すことで、翼の上下を勢いよく流れる気流をせき止めてスピードを遅くします。エアブレーキですね。同様に、自動車の前部や後部に装着するカッコいい「スポイラー」。あれも、車体の下面に流れ込む空気をさえぎって左右に逃がすためのもの。今は目的も多様化してエアロパーツとか呼ぶんですね。
「勢いをそぐ」という意味でもうひとつ。アメリカの選挙では、勝ち目がないくせに立候補して有望な誰かを落選させる人を「スポイラー」と呼ぶそうです。足を引っ張るやつといった意味でしょうか。
「ネタバレ」までも
この「駄目にする」「台なしにする」という意味でのスポイルとしては、「観点をスポイルする」、「価値観をスポイルする」などのように、歴史や世界観などのうち一部だけを意図的に無視したり削除したりして、その全体像を自分にとって都合のいい別の姿に見せる、そんな言説を批判する際にもたびたび使われています。もちろん、そんな身勝手な世界観は本来の姿を「駄目にする」「価値を損ねる」という否定的な文脈の中において、です。
中には善しあしに関わりなく、単に「無視する」「取り除く」「追い出す」「首にする」という意味合いだけで使っているような人も存在するようです。「あの政治家もそろそろ党派からスポイルされそうだね」「音楽事務所の意向に逆らったバンドがスポイルされた」なんて。オミット、パージなんて懐かしいカタカナ言葉を思い出しますなあ。死語かな?
育児や教育の場で甘やかしたり、過保護で子を駄目にしたりする。
(用例)
・家事手伝いをしない日本の子どもはスポイルされている。
・代々金持ちの家系に生まれた彼は、スポイル要素満載だ。
同様にビジネスの場でも、消費者に過剰なサービスを提供すると理不尽なクレーマーを育てることになる、という脈絡で使われるようです。
と、ここまでがわりと一般的な「スポイル」の使われ方だと思われます。以下は場面が限定されます。
映画やドラマに言及する場で、他人が作品を鑑賞する前にストーリー展開を知らせてしまうこと。楽しみを害する人も「スポイラー」。
厳密にいうと、腐るのと発酵するのを含めて、バクテリアの働きが進むこと。スポイルの結果としての「腐敗」がrot、「発酵」がferment。
まとめ。ということで、カタカナ語「スポイル」とは「台なしにすること」「取り除く、消去すること」「甘やかし」がメイン。場面によっては「ネタバレ」「腐敗」。
つまるところ、その場や発言の前後を手掛かりに、その都度どんな意味で「スポイル」を使っているのかを判断する必要がある言葉だということが分かりました。
さて、「スポイル」の1語だけでも混乱するのに、先日、落語会に向かう途中の電車で耳にした会話は驚きでした。隣に立つ男性2人組をチラリと見れば「いわゆるクリエイターふう」です。あっちゃー、苦手なタイプだ。
話題は、複数の会社やフリーランスから選りすぐりの人材を結集して、新規事業を立ち上げるとかなんとか。そのまとめ役に抜擢されちゃって俺はすごいんだよ、という自慢話の内容はともかく、その用語の方がすごい。
「つまり、フェイストゥフェイスのマッチングプラットフォームをリノベートするプロジェクトリーダーとして………」
わはは。カタカナだらけで何を言っておるのか。ちょっと勢いをそいでやりたい気分になりながら、その場合も「スポイル」が使えるのか、なんて。う~ん、言葉は難しいや。
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
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