仲間との対話から学ぶ

知識偏重の教育には負の側面が大きい。米国では成績や大学進学に過度にとらわれることで、ストレスから鬱(うつ)や自殺につながるケースが増えているという。多くの学校で今、子どもの個性と特性を尊重して学びの意環境を整える「ホール・チャイルド・アプローチ」への関心が高まっている。

当時エール大学のロジャー・ワイズバーグ教授とモーリス・エリアス教授が開発したプログラムをきっかけに1990年代からアメリカで研究が進む「SEL(Social Emotional Learning)」という教育に注目しています。これは「社会性と情動の教育」という意味です。学校生活だけではなく、仕事や卒業後の人生でも大切になるソフトスキルを身につけさせる狙いがあります。

ホール・チャイルドは個人を起点にして考えます。自分はどういう人間なのか。強みは何か。弱みは何か……。こういうことについて知ることから始めます。そして成長するポイントを探します。学びのプロセスでは、自分の感情に気づいて、それをコントロールできるようになることを重視します。日々の学習で仲間と対話する中では、トラブルが起きることも、うまく協調して成果を上げることもあります。

まず、仲間たちとよい人間関係を築く。さらに視野を広げて、どうすれば社会に貢献できるのかを学ぶ。自分と周囲の人たちとの関係をしっかり考えるなかで、結果的に子どもたちは社会の中での自分の役割を認識するようになります。エビデンスとしても心の状態がよい子どもの方が成績が上がるし、欠席がない。日本でもホール・チャイルドとしての成長にフォーカスを当てている学校はあります。学校の教育方針として力を入れる学校が増えてきました。

第5章で「日本に広がる全人教育2.0」というテーマをたてて、先端的な教育の事例を紹介している。カリキュラムに演劇やダンスを組み込んでいる追手門学院高等学校(大阪府茨木市)、自分で考え共感力を養うことを重視するイエナプランを取り入れている大日向小学校(長野県佐久穂町)、研究者の卵を生み出すユニークなコースで成果を出す広尾学園中学校・高等学校(東京都港区)などだ。

タイトルとして付けた新・エリート教育とは「自分を知り、多様な他者の視点に共感する力を身につけて、自分なりに社会に貢献するという普遍的な人間力を育てること」を意味します。新型コロナウイルスの問題が収束したとしても、すでに社会や暮らしがニューノーマル(新常態)に動き始めているなか、完全に元の状態に戻ることはないでしょう。

デジタルトランスフォーメーション(DX)が急ピッチで進む時代において、成長を続けるためには何が必要でしょうか。目的意識を持ち、高い自己調整力を持ちながら主体的に学ぶ姿勢です。こうしたことができる子どもや大人は、自分に適した学びの環境を世界のどこかに見つけて、さらに伸びていくことでしょう。一方で、与えられた学びをこなすことしかできない子どもや大人は取り残されかねません。

閉塞感のあふれる日本を変えていくのは若者です。ホール・チャイルドの成長をコミュニティで応援していくことが、コロナの後に備えるために最も有効な処方箋になると私は信じています。

たけむら・えみ
 一般社団法人FutureEdu代表理事。一般社団法人Learn by Creation代表理事。慶応義塾大学経済学部卒。ペンシルベニア大学MBA(経営学修士)、同国際ビジネス修士。マッキンゼー米国本社やアマゾン・ドット・コムの日本法人など外資系7社を経て、2011年にPeatix.comを共同創業。あわせて大人と子どもが共に学ぶ国際教育イベント「Learn by Creation」を主催。総務省情報通信審議会委員を務める

(若杉敏也)

新・エリート教育 混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?

著者 : 竹村 詠美
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円 (税込み)