日経ナショナル ジオグラフィック社

有名な発明品「ゾウの水時計」

アル=ジャザリが目指したのは、偉大な発明家の遺産を踏襲することだけでなく、完璧なものにすることだった。「知識の書」の前書きには、こう書かれている。「私は、昔の学者や賢者の中には、装置を作り、自分が何を作ったかということだけを説明している者がいることに気づいた。彼らは、それらを徹底的に検討したわけでもなければ、そのすべてに関して正しい道をたどったわけでもなかった。つまり、真偽が定かではなかったのだ」

アル=ジャザリの本に記載された機械は、時計から、自動で飲み物を入れる容器まで、実用的かつ遊び心にあふれるものだった。設計したものは、瀉血(しゃけつ)装置から噴水、音楽を演奏する自動人形、揚水機、測定機械まで多岐にわたる。

そのなかで最も有名なものの1つは、ゾウ使いと塔を背に乗せた、大きなゾウの水時計だ。単純な水時計は、古代のエジプトやバビロニアでも使われていた。だが、アル=ジャザリの複雑な発明品は、それらを完璧なものにするという彼の野心をはっきり表している。

時計には中国の竜やインドのゾウといった様々な文化を象徴する動物が組み込まれている。30分毎に内部のからくりが作動し、塔のてっぺんにとまる鳥がさえずり、男が竜の口に玉を落とし、ゾウ使いがゾウの頭を叩く。

『巧妙な機械装置に関する知識の書』に記載された、ゾウの時計のゾウ使いの図。腕を動かす仕組みを示している(AKG/ALBUM)

史上初のロボット

もう一つ、科学史の中で輝きを放つアル=ジャザリのからくり装置がある。多くの人が、これを史上初のプログラム可能な「ロボット」と考えている。この発明品はオルゴールによく似ていて、ボートに乗ったハープ、フルート、ドラム2人という4人の「ミュージシャン」が、曲を演奏して楽しませてくれる。しかも、ドラムを叩かせるからくりは、異なるリズムで演奏するようプログラムできるのだ。

このように創意工夫を凝らした装置は、金持ちの遊び道具だった。宮廷に仕えるようになったアル=ジャザリは、金持ちのパトロンをうならせる必要性を理解していた。こうした金持ちたちは、自身が抱える天才の発明品を見せびらかすことで、彼らのもとを訪れる大物を驚かせた。

一方、アル=ジャザリは庶民出身の職人として日常生活に必要なものも知っており、日常の重労働の負担を軽減する便利な装置も考案した。「知識の書」には、農場や家庭に水を引き、灌漑を容易にした少なくとも5つの揚水機が、詳細に述べられている。その他にも、実用的な装置を数々考案しているが、特筆すべきは、直線運動を回転運動に変換するクランクシャフトなど、装置を実現するための機構を掲載したことだろう。

「知識の書」の謙虚な姿勢は、その言葉からもうかがい知ることができる。他の発明家は、故意にわかりにくい言葉を用いて散文的に書き記し、知識を少数のエリートのみで独占しようとした。これに対し、アル=ジャザリは、当時の一般の読者にもわかりやすいように書き、読者がより実用的な機械を作製できるよう骨を折った。アル=ジャザリが理論や計算と同じくらい製造プロセスに関心があったことから、「知識の書」は一種の「組立説明書」だと評する研究者さえいる。

「東のダ・ヴィンチ」は誤り

アル=ジャザリが死んだのは1206年、スルタン(イスラム教国の君主)に「知識の書」を献上したその年のことだった。彼は基本的には「知識の書」で有名だが、彼が成し遂げた数々の発明は、その後長年にわたり市民生活において重要な役割を果たすことになる。たとえば歯車と水力エネルギーを用いた給水システムは、ディヤルバクルやダマスカスのモスクや病院で使われた。なかには、アル=ジャザリの設計をモデルにしたシステムが、近年までずっと使用されていたケースもある。

アル=ジャザリが実現したイノベーションのほとんどは、ヨーロッパの科学を何世紀も先取りしていた。水力工学の重要な要素であるコニカル・バルブ(円錐形の弁)に関するアル=ジャザリの発明が、ヨーロッパで初めて言及されたのは200年以上も後のことで、レオナルド・ダ・ヴィンチによるものだった。また、ダ・ヴィンチは、アル=ジャザリの自動人形に心を奪われたとも伝えられている。

今日、アル=ジャザリの名前は、科学史家に畏敬の念を抱かせる。1974年に出版された「知識の書」の翻訳本の著者で、工学と技術の歴史を研究するドナルド・R・ヒル氏は、アル=ジャザリの功績について「どれだけ強調しても、しすぎることはない」と述べている。ロボット工学の父として、アル=ジャザリは、「東のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称されることもある。だがこれは、多くの点で誤った呼称だ。より正確には、ダ・ヴィンチを「西のアル=ジャザリ」と呼ぶべきなのである。

次ページでも、「ゾウの時計」をはじめ、欧州に影響を与えたアル=ジャザリの発明の数々を写真でご覧いただこう。