兜町リボーン 証券の街におしゃれなグルメ店が集結
兜町リボーン――。証券の町として知られる東京都中央区日本橋兜町が、グルメの町に生まれ変わろうとしている。7月にはビストロ「Neki(ネキ)」とパティスリー「ease(イーズ)」がグランドオープン。8月にはスウェーデン・ストックホルムの人気クラフトビール「Omnipollo(オムニポロ)」がアジア初進出となるビールスタンド「Omnipollos Tokyo(オムニポロス・トウキョウ)」を出店し、ワインショップの「Human Nature(ヒューマン ネイチャー)」とコーヒースタンド「Stockholm Roast(ストックホルム ロースト)」も開業した。
この地域では2月に複合施設「K5」が誕生している。いずれも独立系の飲食店で、共通しているのは店主の個性が内装やメニューに色濃く反映されている点だ。飲食だけでなく音楽やアート、グッズにもこだわりが感じられる。バブル崩壊から30年。かつてビジネスでにぎわったこの町は、多様な文化が味わえる町として発信力を高めそうだ。
東証のほど近くにあるビストロ「Neki」は、渋谷の人気店「ビストロ・ロジウラ」でシェフを務めていた西恭平氏がオープンした店だ。ドアを開けると、活気あるオープンキッチンが開放感を演出し、シェフの私物というレコードの音楽が気分をリラックスさせてくれる。スタッフは皆若く、一人ひとり自分の持ち場できちんと役割を果たしている姿が清々しい。京都出身の西シェフによれば、「ネキ」は関西地方の方言で「そば・かたわら」という意味。身近な存在に感じてもらえるレストランでありたい、との思いを込めた。
忙しいビジネスパーソン向けにホットサンドなどのランチメニューも用意しているが、自然派ワインを楽しみながらの夕食時には女性のグループや若いカップルなどが訪れる。アペタイザーは12種類程度。「プティポワの冷製スープ」はグリーンピースをベースにオレンジピールの香りが爽やかで、素材のうまみたっぷりの濃厚なスープ。使用しているミントオイルは自家製という。
「シマアジのタルタル」はシマアジをオクラやキュウリ、ミョウガのピクルスと組み合わせた夏らしい1品で、発酵トマトのジュースとカツオだしのソース、パセリのオイルとの組み合わせがほのかな酸味を醸し出す。
驚いたのはホームメイドパスタ。ピーチと呼ばれる麺は手で丸くこねたうどんのような太麺パスタ。これをサルシッチャとドライトマトと共にいただく。メニューは季節によって異なり、多くは二人でシェアできる分量になっている。一人客には量を減らして提供してくれる。パンは中央区東日本橋の「ビーバーブレッド」製だ。
西シェフは「ビストロ・ロジウラ」を辞めて店を出そうと探していたところ、フランスで一緒に修業した大山恵介さんから「兜町で一緒に出しませんか」と声をかけられた。2人は10年以上前、仏アルザス地方のオーベルジュで共に働き、同じ寮で暮らしていた修業仲間だ。
「兜町にはそれまでなじみがなかったけれど、話を聞いたとき、ここから何かが始まるんじゃないかとワクワクした」と振り返る。当初は5月にオープン予定だったが新型コロナウイルスによる外出自粛の影響もあり、まずはランチタイムのテークアウトのみでスタート。6月からランチ営業、7月からディナー営業と徐々に店を通常軌道に乗せていったが、今また閉店時間は午後10時に繰り上げている。
西さんを兜町に誘った大山恵介さんがシェフパティシエとして腕を振るうのが、Nekiとビル1つ挟んで並ぶパティスリー「ease」だ。店構えはモスグリーンの落ち着いた雰囲気。店内の半分以上を占めていると思われる大きな厨房から、一つひとつアート作品のようなケーキ類が創り出されていく。
大山さんはフランスから帰国後、代官山の「リストランテASO」や千駄ケ谷の「シンシア」などで経験を積んだ。シュークリームやタルト、ケーキなど約15種類の生菓子のなかにはイートインのみの商品もあり、店内のカウンターに座ってオープンキッチンでのライブショーを見ながらスイーツを堪能できるのはとても贅沢(ぜいたく)だ。
バブル期には米ニューヨークのウォール街や英ロンドンのシティと並んで世界の金融センターと称された兜町。その中心となる東京証券取引所では立会場が閉鎖されて20年以上になる。ディーラーたちは姿を消し、証券会社の移転も進んだ。失われたにぎわいを取り戻すため、「兜町の大家」と呼ばれる平和不動産が今、社運をかけて兜町再開発の大型プロジェクトに取り組んでいる。
いち早くオープンした複合商業施設の「K5」は東京証券取引所の西隣に位置しており、建物は渋沢栄一氏が創設した旧第一国立銀行の業務を継承した旧第一銀行の別館として1923年に竣工した歴史的建造物だ。駆体に耐震工事を施し、重厚な外観を生かしながら内部をリノベーションした。
ホテルのほか、一階にはカフェやレストラン、地下にはクラフトビールメーカーのブルックリン・ブルワリー社が世界で初めて出店するフラッグシップ店「B」がある。店内は約20メートルという長いカウンターテーブルが圧倒的な存在感を示し、一角にはDJブースも用意されている。ブルックリンと兜町に共通するのはまさに「町の再生(リボーン)」だ。
「ブルックリンラガー」や「ブルックリンディフェンダーIPA」など「ブルックリン・ブルワリー」ブランドの基幹商品のほか同店でしか飲めない直輸入ビールやオリジナルビアカクテルなど多種多様なビールがそろう。食事は馬喰町駅近くの「北出食堂」が監修したタコスや、フライドポテトを提供する。
8月にオープンした3店が入居するのは2018年にのれんを下ろしたうなぎ料理店「松よし」の建物だ。戦後、東京証券取引所の再開とほぼ時を同じくして開業し、金融の歴史を見続けてきた。株価が「うなぎのぼり」の験担ぎから証券関係者でにぎわった店は、ビールやワイン、コーヒーが楽しめる店に生まれ変わった。築70年の建物の外観や梁(はり)はほぼそのままに、内装を大胆に改装している。
「オムニポロ」は2010年にブルワーとデザイナーの2人がスウェーデン・ストックホルムに共同設立した。ビールがビール以上の存在になることを目指し「ファッション・デザイン・スタイルを統合し、そのすべての経験を楽しんで欲しい」という新しい解釈でクラフトビールを提案する。兜町の「オムニポロス・トウキョウ」は「オムニポロ」によるアジア初進出の店であり、10種類程度のビールを提供する。
フルーツビールシリーズの「マンゴーオレンジパッションフルーツクレームブリュレ」、スイーツを連想させる「ピーナツバターチョコレートビスケットバニラ」など、ビールの概念を覆すような商品が提供される。ボトルのラベルデザインやオリジナルグラスも特徴的で、外観からは想像もできないような真っ青な店内ではTシャツなどのグッズも販売している。
再生を目指す兜町の追い風になりそうなのが周辺地域の変化だ。8月1日現在、兜町を含む日本橋地域に住む人は5万1859人で、10年前に比べ1.5倍に増えている。兜町からほど近い日本橋もかつて週末の人通りは少なかったが、今では商業施設やマンションが建ち並び、平日以上のにぎわいを見せている。日本橋川の上を走る首都高速道路が地下化されれば、街の風景はまた新しいものになるだろう。歴史ある町並みと、若い世代による個性ある文化の発信が融合することで、兜町はさらに味わい深い街になりそうだ。
(中村奈都子)
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