スマホ専用「テプラ」 なぜ若い女性層に刺さったのか
発売から30年以上が過ぎた電子機器「テプラ」シリーズで初となるスマホ専用の「ラベルプリンター『テプラ』 Lite LR30」(以下、LR30)が、2019年8月の発売以来、堅調に売り上げを伸ばしている。
LR30は発売後しばらく店頭で品薄状態が続き、同社の社員でさえもなかなか手に入れられなかったほどだ。初年度目標の3万台を約半年で達成し、好調なスタートを切った。「(製品発表会やテレビCMなど)お金をかけたマーケティング施策はほぼしていない」(キングジム)にもかかわらず、若い女性層を中心にその存在が口コミでSNSなどで拡散した。
実はスマホで使えるテプラは、LR30が初めてではない。パソコンやiOSに対応している「テプラ PRO SR5900P」(13年10月発売)や「同SR5500P」(15年7月発売)といった先行製品がある。ただ「オフィス向けのPROシリーズだったこともありパソコンでの利用がほとんど。スマホ連携機能はあまり活用されていなかった」(キングジム)という。
そこで、普段テプラを使っていない一般的なスマホ利用者にターゲットを絞り込み、パーソナル用途に最適なスマホ専用モデルを開発することにした。その狙いがズバリ的中した格好だ。
徹底的なスマホ特化策が個人ユーザーの心つかむ
今までテプラに縁がなかった層にLR30がヒットした理由の1つは、テプラシリーズの特徴とも言えるミニキーボードなどを思い切って省略するなど、シンプルなデザインを採用したことだろう。ボタンの数を極力減らし、初めて手に取った人が「自分にも使えそう」と思える形を目指した。
また、手のひらにのるほどコンパクトで軽く、かばんに入れて持ち運びやすいこともポイントだ。本体の奥行きは、採用する単4形電池の直径および感熱テープの幅を合計したサイズまでギリギリに追い込んだ。さらに汎用モーターや樹脂製パーツを使うことで、実勢価格で6000円台という手に入れやすい価格も実現した。
特にメインの女性層の心をつかんだのは、スマホならではの操作性を積極的に取り入れた専用アプリの使い勝手の良さだ。例えば、ラベルのデザインをレイアウトフリーで作れる機能を搭載しており、入力した文字やイラストのサイズや配置を指先1つで自由に変更しやすい。若い女性層が普段写真を文字やスタンプで「デコる」ために使っている加工アプリと似た感覚で使え、ラベルデザインを簡単に作り込めるのだ。印刷解像度はそれほど高くはないものの、スマホ写真をラベルにできる点も本製品をユニークなものにしている。
こうした結果、メーカーが想定していなかったような使い方も広まっている。SNSで話題になっているうちの1つが、香水瓶のロゴを撮影してこれを印刷し、携帯用のアトマイザー(別容器)に貼るというテクニックだ。徹底的なスマホ特化策は結果として多くの個人ユーザーの心をつかみ、テプラの顧客層の裾野を広げるのに一役買った。
昨今の整理整頓ブームも、LR30の人気を大きく後押ししている。キングジムによると、以前はパーソナル用途や女性向けのテプラではギフトなどのデコレーションに向く柄物や素材感のあるテープが人気だった。ところがここ数年では、ラベリングに使える無地や透明のシンプルなテープが売れ筋の主流になりつつあるという。
実際アンケート調査でも、LR30の購入動機として整理整頓を挙げるユーザーが急増。最近の新型コロナウイルスによる"ステイホーム"需要によって、さらなる追い風が吹いているようだ。この好機を逃すまいと、キングジムは20年6月にLR30の専用アプリをアップデートし、文字を認識しやすく整理整頓に向く「モリサワフォント」を追加した。
なぜ「正方形デザイン」を採用したのか
正方形の上部分にテープカット用のボタンがぽっこりと飛び出たシルエットは、LR30のアイコンとも言えるデザインだ。しかしこの形になるまでに紆余(うよ)曲折があった。当初は「これまでにないテプラを作る!」という意気込みでフックが付いた壁掛けタイプや球体タイプなどさまざまなアイデアが出た。その中で、「シンプルさ」と「コンパクトさ」を両立できる正方形デザインに落ち着いたという。
テープカット用ボタンが飛び出たデザインになっているのは、女性にとって使いやすさを目指した結果だ。開発当初は正方形のデザインを崩さないよう押し込み式を採用していた。しかし、あるとき爪の長い女性社員がボタンを押しきれなかったことが偶然発覚し、ボタンが飛び出たデザインに変更したという。
デザインについては、こんなエピソードもある。初代テプラの「生みの親」でもある宮本彰社長が、デザインが確定したLR30のモックアップ(試作品模型)を手にした瞬間に「これは売れる!」と大絶賛。しかし同社の大ヒット商品である「ポメラ」(08年発売)を当初「こんなものは売れない」と下した宮本社長には「売れないと言ったものが売れる」というジンクスが社内にあったため、開発チームはやや複雑な心境だったという。
ただ、いざ蓋を開けてみれば冒頭のとおり発売直後から品薄となるなど、宮本社長のジンクスすらこの製品は打ち破った。スマホ専用でパーソナルシーンにおいてユーザーの裾野を大きく広げたLR30は、テプラを新時代へと一歩踏み出させた意味でロングセラー製品の歴史に刻まれる一品となった。
(日経トレンディ 佐々木淳之)
[日経トレンディ2020年9月号の記事を再構成]
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