2020/8/28

――人工知能(AI)ならできませんか。

「現状では難しいと思います。そもそも(問答によって)人間の視野や選択肢が広がったのかどうか見極める方法をAIに学ばせることができないんですよ。人間が意見交換するときのように、相手の思考を理解しながら、ちょっとずらした考え方を示して『こういうのはどう?』と問うのは、すごく高度な知的営みで、まだコンピューターに扱える代物ではないと思います」

AIの進歩によって「ヒューマニティー」の意義が顕在化してきたとみている

「最近ずっと考えているのは『ヒューマニティー』という言葉についてです。『人間らしさ』というか、ピッタリな訳語がまだ見つからないんですけれど、僕はAIの対義語としてとらえています。むしろAIが出てくることによってヒューマニティーがより顕在化しているように感じています。ヒューマニティーを構成する要素が何なのか、まだまだ分かっていませんが、AIではなく、そこにこそ僕の探し求めるものがあるような気がすごくするんですよね」

「別人格」で挑む

――長期的にはどんな事業をするつもりですか。

「あまり長期的にこれをやろうという意志はありません。起業家の友達は、めざす社会に向けて10年で事業をこうしますっていう話をするけれど、僕はそれがない。僕は起業家じゃないな、と思います。『ものづくり』そのものが好きなんです」

「いまプロデューサーやCTO(最高技術責任者)として8社の事業に関わっていますが、それぞれ人々の生活をよりよく変えるサービスや製品をつくろうとしているので、そこで一緒に質の高いものを創り出したい。将来、何か成し遂げたいものができたときのピースになり得るものを集めている時期なんだと思います。30歳になったら、そこでいったん意識的に別人格をつくり、その人格で10年ぐらい別のことをしてみたい。40代になってまた元の人格に戻ってきたときには、本気で『問いかけ生成システム』みたいなものに取り組めれば本当はいいな」

――「Tehu」という人格を卒業して、また別人格ですか。

「人は誰でも相手のことや、自分自身のことさえも『こういう人』とラベリングしていると思います。そうすると、どうしてもしがらみが生まれます。(別人格という)新しい枠組み、箱を作って何か新しいことにチャレンジしていけば、隠れた自分の要素を見つける機会になる。自分の可能性を狭めずに済むんじゃないかと思うんです」

「(30代の別人格で)何をやるか、まだ決めていませんが、1つ可能性があるのは演劇。卒論では、劇場という空間は人への問いかけが機能する場としてまだまだ希望がある、ということを結論に書きました。いずれにしても、コロナ禍で『不要不急』とされているような分野に挑戦してみたいです。そこに40代以降のヒントが隠れているんじゃないかな、と思っています」

周囲には起業家になった仲間が少なくないが、張さんは「僕は起業家じゃない」と話す

――「具体的にやりたいことが見つからない」という学生は少なくありません。彼らへのアドバイスはありますか。

「無理に意志を持たないことじゃないですか。それから『その意志は本当に自分の持ちたいものなのか、それとも周りが意志を持った方がいいと言っているから持ったのか』と常に自分に問いかけた方がいい。長期的な意志って、そんなに簡単に持てるものではないと思うし、どこかで見つかるものだと思うんですよ」

「(米アップル創業者の)スティーブ・ジョブズが言った『コネクティング・ザ・ドッツ(点と点をつなぐこと)』ではないですが、とにかくまず点を打つしかない。そして打った点と点を無理に結んでビジネスを作ろうとしなくても、どこかで線が浮かび上がってきて、あっと気づく。意志を持って何かを成し遂げるというよりは、何らかの意志を持ったとき、それに合わせるように、それまで打ってきた点がつながって、走りだしたくなるように準備されている。そんな瞬間がいつかやってくることを目指して頑張る。僕らが生きる価値って、こういうことなんじゃないかなと思っています」

(聞き手はライター 高橋恵里)

張惺
1995年、兵庫県生まれ。灘中学校に入学後にプログラミングを独学し、中3のときにiphoneアプリを開発して注目された。「Tehu(てふ)」のハンドルネームで活動し、「AERA」(朝日新聞出版)の「日本を突破する100人」や「東洋経済オンライン」の「新世代リーダー50人」にも選ばれた。2014年に慶応義塾大学環境情報学部に入学し、休学を経て20年に卒業。現在はチームボックスCCO(チーフ・クリエーティブ・オフィサー)などを務め、コミュニケーションに関わるサービス開発を中心に取り組んでいる。7月に「『バズりたい』をやめてみた。」(CCCメディアハウス)を出版した。

【(上)「小4なりすまし事件」大炎上6年、いまSNSに思う】

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