スーパーカーでゴルフ 男の夢かなえるマクラーレンGT
多くのスポーツカーブランドがブランドイメージを生かして利便性の高い多目的スポーツ車(SUV)に手を出す中、まるで安楽な乗りものは拒否するかのように、硬派なスポーツカーばかりを作り続けるマクラーレン。そんな彼らのラインアップの中で、最も日常の使い勝手や実用性を考慮した「GT」に小沢コージ氏が試乗。果たして日本の道でも実用的なのか確かめた。
硬派なマクラーレンの新たな提案
唐突だが小沢コージ、生まれて初めてスーパーカーでゴルフに行ってきた。そのクルマとは、マクラーレン GT。車名の由来である「グランドツアラー」は、たくさんの荷物を積んで長距離を快適に移動するためのクルマをまとめたカテゴリーのひとつ。つまり長距離を一気に駆け抜ける走行性能とともに、快適性や実用性も重視される。
そんな「GT」の名を冠したマクラーレンGTは、620馬力を発揮する4リッターV8ツインターボをミッドシップに搭載するスーパーカーである。それにもかかわらず、快適な乗り心地と、ゴルフバッグどころか185cmのスキー板まで載る大容量リアラゲッジを備えているという。
しかしマクラーレンといえば、長年F1マシンを造り続けてきた生粋のレーシングチームで、本格的に公道を走るロードカービジネスに参入したのはわずか10年ほど前。しかもSUVを造ってヒットさせているイマドキの競合ブランドたちと比べるとずっと硬派で、走りのために余分な要素は極力そぎ落としたようなクルマばかりをラインアップしてきた。そんなマクラーレンが、GTにどれほどの利便性を持ち込んだのか。それを確かめるために、今回の試乗と相成った。
というのは半分建前で、正直に告白すると、単純にスーパーカーでゴルフに行ってみたかったのである。スーパーカーでゴルフ、というのは小沢のような人間にとっては、ある種理想の組み合わせ。盆と正月が同時に来たような、あるいは寿司と焼き肉を一緒に食べるようなぜいたくな楽しみだ。
小沢と同じ事を考える人は結構いるようで、実際ゴルフ場の駐車場では、ときどきポルシェのスポーツモデルを見かける。まれにフェラーリやランボルギーニが止まっていることさえある。しかし正直、よくこれでゴルフに来たな、と思う。2人乗りのミッドシップカーのほとんどはラゲッジにゴルフバッグなど積めない。せいぜい無理して助手席に置くのが関の山だ。だがグランドツアラーを名乗るマクラーレンGTなら、無理なくゴルフを楽しめるかもしれない。
少しくらいの不便は楽しみのうち
いよいよプレー前日。クルマを借り出し、自宅前に置いた。第一印象は、普通のマクラーレンとなんら変わりはない。つまりオーラたっぷりのスーパーカーだ。後部のラゲッジを拡大するためだろう、全長は現行ラインアップのトップレンジであるマクラーレン720Sよりさらに約14cm長い。だがラゲッジによりスタイルが破綻するどころか、かえってリアに今まで以上の曲線美が与えられた。大きな荷物カゴが取り付けられたロードレーサーのような不自然さはまったくない。リアのラゲッジ容量はなんと420リットルもあり、これは今年デビューしたフィットとも肩を並べるほどの広さだ。
とはいえ、荷物の積み下ろしは楽ではない。ボディーを傷つけないよう細心の注意を払いながら慎重にゴルフバッグを積もうとすると、必然的に腰を曲げた苦しい姿勢を強いられる。積み込んだ後は、急ブレーキ時に荷物が運転席に飛び込まないようゴムネットで固定しなくてはならない。まあ、スーパーカーでゴルフに行くという究極の楽しみと比べたら、これくらいの手間暇は何でもないのだが。
移動を楽しみに変える極上の走り
当日は余裕を持ってワインディングを楽しむべく、いつもより早く起床。そもそもゴルフ当日は早めに起きてしまうものだが、この日は特別だ。ただし早朝の住宅地では少々気を使う。エンジンサウンドが大き過ぎるのだ。イグニッションスイッチを押すと「ガオッ」と猛獣の叫び声のように4リッターV8が立ち上がり、アイドリングもやたら騒がしい。出発直前にエンジンをかけて、そろりと走り出すが、それでもうるさかっただろう。ご近所のみなさん、ごめんなさい。
走り出すとスイッチ一つでフロントノーズが約2cm上がる標準装備の電動リフターの存在がありがたい。車高が極端に低く、視界良好とはいえないスーパーカーで都会を走る上で、この手の装備は大きな安心感につながる。
そして大通りに出れば、そこからはバラ色だ。アクセルを踏み込むと、気分はまさに路上を走るフォーミュラレーサー。圧倒的に太く濃厚なトルクと、マクラーレンならではの、重厚なエンジンサウンドに包み込まれる。すぐに眠気はすっ飛び、ステアリングから伝わってくるダイレクトかつ繊細なフィーリングをひたすら楽しんだ。
スーパーカーの楽しみを十二分に堪能
街中もいいが、高速に入るとさらに楽しくなる。空いている高速では、スピードを抑えるので精いっぱいだ。そして楽しみが最高潮に達したのは、ゴルフ場手前のワインディングロードだ。わずか15分ほどの道だったが、スーパーカーの楽しみを十二分に堪能できた。ブラボー! やはりスーパーカー&ゴルフは素晴らしい。退屈な移動を極上の体験に変えてくれる。
ところが、食事なしで18ホールを回った後の帰り道。久々にスコアで100以上もたたいて打ちのめされたせいもあるだろう、日焼けした腕を眺めながらステアリングを握ると、運転がことのほか疲れるのだ。
スーパーカーは手応えが濃厚でドライビングが楽しい半面、時と場合によってはそれが重すぎるのだ。エンジンサウンドで目がさめるのはいいが、ステアリングは軽くないし、クルマが常にドライバーに対して訴えかけてくる。一瞬、誰かと運転を代われればいいのに、と思ってしまった。もっともスコアが良かったら、帰り道の疲れ具合もまた違ったのかもしれない。やっぱりスーパーカーもゴルフも、メンタルが大事ということのようだ。
ちなみにマクラーレン GTの価格は2695万円(税込み)から。体力、財力、そして精神力。やっぱりスーパーカーのオーナーになるには相応の覚悟が必要だ。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。