「外来生物だから駆除しよう」は危険 鳥類学の視点
森林総合研究所 鳥獣生態研究室 川上和人(3)
◇ ◇ ◇
海鳥が、森を作る。
海鳥が、海で魚やイカなどを食べて、陸上でフンをすることで、栄養となるリンや窒素を森にもたらす。川上さんの研究で、そんな物質循環のビジョンが見えてきた。
そこで疑問に思うのは、こういった物質循環のありようが、森林にどのような変化を与えるのかということだ。海鳥がいるのといないのとでは、島の植物をはじめとする生き物の体を形づくる元素の「同位体比」が違うと前回書いた。ただ、それらは化学的には同じ物質だから、見た目も同じだ。もっと目に見える違いは出てくるのか。
ぼくの素朴な疑問に対して、まず本当に目で見える大きな違いがあると川上さんは請け合った。
「これは、南硫黄島の近くの北硫黄島と比べるとすぐにわかります。人が住んで、ネズミが入って、ミズナギドリの仲間がいなくなった北硫黄島の森林って、もう見た目で南硫黄島の森林と違うんです。どんな違いだと思います?」
海からの物質輸送があったほうが栄養豊かなのだろうから、それがない北硫黄島は森林が貧弱であるとか、そういう方向であろうとぼくは予測した。
しかし、見事に外れた。「逆」なのである。
「海鳥がいて島中で繁殖すると、あたりを踏み荒らして、地面は荒れた状態になるんです。森の中も林床の植物がまばらになります。一方で、海鳥がいなくなると、栄養分は十分に蓄積されている状況で踏み荒らすやつらがいなくなって、植物がすごく育ちます。見た目としても、そっちのほうが豊かな森というふうに見えます。つまり、海鳥がいない方が豊かに見えちゃうってことなんです。我々も、南硫黄島の調査をすることではじめてそういう認識を得て、今では共通認識にはなってきていると思います。そういう目で見たら、たとえば、御蔵島には森の中でオオミズナギドリが繁殖しますけど、踏まれてあまり林床に植物がない状態ですからね」
一見、豊かに見える森が「海鳥が絶滅したバージョン」で、オリジナルは、「踏み荒らされた」、つまり荒れて見えるものだったというのだから、大変な違いだ。これはおそらく、島の生態系についての考え方を大きく変えるものだ。知らなければ、ぼくたちは、まず「うっそうとした森」の方が豊かであり、かつ、オリジナルだというふうに想定しがちだからだ。川上さんたちが、南硫黄島での知見を得てから、あらためて他の島を見てみると、これまで原生の度合いが高いと思われていた森も、実はそれほどでもないと明らかになってきたケースがある。
「たとえば、母島の石門という場所です。母島はもちろん人が住んでるんですけども、そこはあまり人の手が入っていなくて、原生の状態が比較的残ってると言われてきたんですね。実際に、植物はそうなんですよ。戦前、母島は、皆伐されてサトウキビ畑にされたところが多かったわけで、今、島がまた森に覆われていても、そのほとんどは1回開発されてから回復した二次林です。でも、石門は森林がそのまま継続して残っていますから。では、生態系としてはどうかというと、僕から見ると変わってしまっていて、そもそも海鳥の一大繁殖地だったのに、それが取り除かれて、物質循環が変わっているんです。みんなが持っていたイメージと違うけれど、そういうことが分かってきています」
そして、これはイメージの問題だけではなく、自然環境の保全にまつわる実務的な部分に大いに影響してくる。そういう意味でも重要な意味合いを持っている。
「保全って目標がないとしんどくて、本来の生態系がどうだったのかを知るのはそういう意味で大切です。例えば、生態系の回復プロジェクトとしてやっている聟島(むこじま)列島での実践を通して、外来のヤギを駆除するとどういう海鳥が戻ってくるか、ネズミを駆除するとどうかといったことが分かってきているんですけど、かといってすでに絶滅した種もいますし環境も変わってしまっているので完全に元通りには出来ません。だとしたら、そこに出来ている生態系がちゃんと本来持っていた機能が揃っていて、今、絶滅せずに残っている在来の生物たちが維持できるのであれば、次善の策としてオリジナルの状態でなくともいいと思うんですよね。でも、リファレンスとしてオリジナルを知らないと、目指すべき状態になっているのか判断できないですよね」
リファレンスを得るというのはとても大事で、「生態系の機能」と言った時に、このあたりではどんな生き物がどんな役割を果たしていたのかということも分からなければ、計画すら立てられないということか。
なお、生態系の保全や回復は、「絶滅危惧種の保護」とセットで語られることが多い。小笠原の絶滅危惧種には、鳥類ではメグロ、アカガシラカラスバト(愛称アカポッポ)、オガサワラノスリ、オガサワラヒメミズナギドリ、オガサワラカワラヒワなどがいる。これらのうち、メグロは川上さんが学生時代に研究していた原点の鳥で、オガサワラヒメミズナギドリは既に絶滅しているのではと心配されていたものを川上さんたちが2012年に再発見し、話題になった。
絶滅危惧種が危機にある理由の1つには、島に入ってきたネズミやネコやヤギなどの「外来種」によって生息環境が変わってしまったり、捕食されたりしたことが挙げられる。考えてみたら、種としての絶滅ではなくとも島から海鳥がいなくなるのは、ローカルな個体群の絶滅には違いない。だから、絶滅危惧種を守り、生態系を守りたい時に、外来種は「絶対的な悪」に見えがちだ。しかし、川上さんの話では、外来生物が入った生態系も、目くじらを立てなくともよい場合がある前提で話が進んでいるのだった。
「外来生物を取り除くこと自体が目的になるのはダメだというふうに考えています」と川上さんは言った。
「ちょっと前まで、外来生物を取り除くこと自体が目的化していたところがあるんですけど、実はそれは単なる手段であって、手段として外来生物のコントロールをするんだという認識は共有できるようになって、悪夢のような時代は終わったと思います。もちろん、侵略性を発揮していない外来種は、そこまで手が回らないっていうのが一番大きいんですけどね。でも考えてみてください、絶滅してしまった生き物がいた生態系などでは、その機能を別の生き物に担ってもらわないと生態系の復元もできないんです。外来生物が在来種を脅かさずに新しい生態系の中で役割を担っているなら、それはよしとしなければならないことがありますね」
川上さんはいみじくも「悪夢のような時代」と言った。生態系の保全や復元をする際、厄介者の外来生物を駆除すると、意外な副反応があり、別のひどいことが起きるような例が、これまで世界中で起きてきたからだ。
「昔はもう無我夢中で、例えば『とりあえずヤギが希少な植物を食べてるから問題だ。だからヤギを駆除しよう』っていうレベルでやっていたわけです。でも、実際にやってみると、ヤギがいなくなると生えてきたのは外来植物だったと。だから、今ではヤギを駆除するためには、先にその外来植物を駆除しなきゃいけないですとか。とはいえヤギが食べて裸地になったところはヤギを取り除いても元には戻らず、土壌が流出してしまいます。岩盤が露出して、もしも自然にまかせたら、新しい土壌ができて元に戻るまで数万年はかかるねって話になりますよね。その間に、土壌動物は生息地を失って絶滅していきます。だから今度は土壌流出を止める手立てが必要です。駆除をすると同時にやらなければならないことがたくさんあって、これまでは応急処置的に対応してきたんですが、今はどんな場合に何が起きるか、かなり見えてきているとは思います」
小笠原のヤギは、外来種として駆除すべき対象であるわけだが、それにしても、駆除する前にこれだけのことを気にしなければならない。外来種をすべて排斥の対象として、生態系の中で機能を果たしているものを安易に駆除すれば、本来の目的だった在来生態系の保全が脅かされることすらある、というのがイメージできる。
また、もう一例として、ネズミの駆除の話も印象的だった。かいつまんで言うと、小笠原の離島に入っている外来のネズミにはクマネズミとドブネズミがいる。どちらか片方が先に入ると、もう片方は入ってこない。この時にどっちに占有されるかによって、島の鳥たちの運命が変わる。クマネズミは木登りがうまく、木の上に巣を作る鳥も捕食してしまう。ドブネズミはそれほど木登りをしないので、樹上で営巣する鳥は生き残る。絶滅危惧種のオガサワラカワラヒワなどは、クマネズミがいる島からは消え、ドブネズミがいる島では残っていることが観察されている。では、オガサワラカワラヒワがいる島で、外来種であるドブネズミを駆除したらどうなるか。そこに、クマネズミがやってきて増えれば、ドブネズミを駆除したことをきっかけにカワラヒワが絶滅しかねない。防ぐためには、ドブネズミの駆除の後に、まわりの島からクマネズミが侵入しないようモニタリングするなど工夫が必要になる、などなど。
結局、生態系の保全のためには、生態系の成り立ちと、ダイナミクスをより詳しく知ることが基本になるのだとよく分かる。
=文 川端裕人、写真 内海裕之
(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年3月に公開された記事を転載)
1973年、大阪府生まれ。鳥類学者。農学博士。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 鳥獣生態研究室 主任研究員。1996年、東京大学農学部林学科卒業。1999年に同大学農学生命科学研究科を中退し、森林総合研究所に入所。2007年から現職。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社)、『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『そもそも島に進化あり』(技術評論社)『外来鳥ハンドブック』(文一総合出版)『美しい鳥 ヘンテコな鳥』(笠倉出版社)などの著書のほか、図鑑も多数監修している。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。