クマと人間の不幸な「接触」 事故なぜなくならない?

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/8/26
ナショナルジオグラフィック日本版

米イエローストーン国立公園で多くの人が見つめる中、後ろ足で立つアメリカクロクマ。アメリカクロクマはハイイログマよりもおとなしいが、生息数が多く残飯をあさることも多いため、人と遭遇する機会も多い(PHOTOGRAPH BY JONATHAN BLAIR, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

クマには不思議な魅力がある。自然の中でクマと遭遇すれば、カメラで撮影したくなるだろう。しかし、クマが体重200キロを超える最上位捕食者であることを忘れてはいけない。人間は近づいてはならない存在なのだ。

とはいえ、この記事で紹介する古い写真や、最近ではアメリカクロクマににおいを嗅がれながらじっと立っている女性を映した動画がSNS(交流サイト)で話題になっていることを考えれば、クマと出合ったときの原則は浸透していないと言える。

マスクの着用、ソーシャルディスタンス(社会的距離)だけでなく、自然の中では野生動物との距離が近くなることを覚えておきたい。野生動物とたまたま接触してしまうこともあるが、意図的に野生動物に手を出して招いてしまう不幸もある。

実際、米イエローストーン国立公園では、バイソンに幾度も近づいた72歳の女性が角で突かれる事故が起きている。しかも、この事故は2020年5月に公園が再開してから2度目のものだった。

ところで先述のSNSで拡散した動画は、メキシコ北部のチピンケ自然公園で撮影されたものだという。不用意にクマに近づいた結果なのか、ハイキング中に偶然クマに出合ったのかまでは分からない。野生動物に遭遇しても安全にやり過ごす方法があり、また野生動物との不幸な事故は昔から起きているのに、クマを避けようとしない人がいるのはなぜなのだろうか。

繰り返されてきた過ち

米国の国立公園局(NPS)は1916年に設立された。それから約50年は、ルールや取り締まりが厳しくなかったため、訪問者は公園内のクマに近づいて触れあうこともあった。

米グレイシャー国立公園の野生生物学者であるジョン・ウォーラー氏はこう話す。「レンジャーは見て見ぬ振りをしていたのでしょう。1960年代まで、この国立公園の醍醐味は、道路にエサをもらいにくるアメリカクロクマを観察できることでした。もちろん、けがをする人も多かったのです」

1930年代ごろには、NPSはすでに野生動物にエサをやることの危険性を認識していた。それなのに、なぜ危険な行動は容認されていたのだろうか。

米国立自然史博物館の客員研究員で、肉食動物を専門とする生態学者であるレイ・ウィン=グラント氏は、昔も今もNPSは雄大な大自然を堪能することを推奨していることは変わらないと言う。ただ「かつては、その方法の一つとして、野生動物との交流が宣伝されていたことがありました。特にクマはインパクトが強く、象徴的に使われました」

ときには、エサとなる残飯を持参して、カメラを手に山小屋の屋根に登り、クマが現れるのを待つような人もいた。

嗅覚が鋭く、1キロ以上離れた場所からでもエサのにおいを嗅ぎつけることができるアメリカクロクマにとって、捨てられた残飯を嗅ぎ当てることなどたやすい。アメリカクロクマはハイイログマより数が多く、残飯をあさることも多い。そのため、国立公園でよく見かけるのはアメリカクロクマだ。

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