STORY ECC vol.10

「基本」と「自分らしさ」を大事に自由な発想を

ECC 法人渉外事業部 幼児教育推進課 中部エリアブロック長
泉 糸乃歩さん

子供の頃の記憶や体験がまっすぐ今の自分につながっている。ECC法人渉外事業部幼児教育推進課で中部エリアブロック長を務める泉 糸乃歩(しのぶ)さん(46)は、短大時代のホームステイ、卒業後のワーキングホリデー、そして現在の仕事に至るまで「英語」に導かれるようにキャリアを築いてきた。原点は保育園で教えてもらった英語。英語が好き、という思いが自分らしさをつくり、人生で大事にすべき基本を考える原点ともなった。英語が取り持つ縁で思ってもみなかった営業の仕事も経験。管理職となった現在はスタッフからの信頼も厚い。

コロナ禍の中、オンライン替え歌で送られる

今年6月。泉さんは幼児教育推進課の東京センター長、東京・横浜・札幌エリアのサブブロック長やブロック長として5年間の歳月を過ごした東京を離れ、中部エリアのブロック長に着任した。東京では新型コロナ感染症のため送別会の開催が見送られたが、代わりに、オンラインで集まった同僚たちから1本の動画が贈られた。東京センターの2次会の定番で、誰もが知るヒット曲の「3年目の浮気」。それを替え歌にした「6年目の東京」だ。男女12人が歌いつなぐ形で泉さんとの5年間を懐かしみ、「しのぶと一緒に獲りたかったよ社長賞♪」と惜別する。動画は「ありがとう」とハートマークが乱れ飛んで終わる。泉さんを慕う温かい心がこもった仕上がりだった。

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泉 糸乃歩さんは入社から一貫して幼児教育推進課で経験を積み、6月から中部エリアのブロック長に

「5年間もいましたからね。4年が過ぎたころ、そろそろ(異動)だろうと、夏の休暇を使ってセンターのスタッフたちと山形県に旅行にも出かけました。山に登って疲れて、移動中は助手席でずっと寝ていたりして」。懐かしそうにそう微笑む。東京センターは事実上、札幌を含めた東日本の本部も兼ねている。泉さんは17人のスタッフを束ねる管理職としてこの組織を支えてきた。

「仕事ぶりがテキパキしているのに、すごくマイペースな一面もある」。入社以来4年間をともに働き、前段の送別の替え歌もつくった東京センターのスタッフ、上田真理乃さん(32)は上司としての泉さんについてこう話す。「いちばん学んだのは決断力。そして決断の速さを支える知識量。業務に関する知識がすごく豊富で、それが自信につながってすぐ決断できるのかなと思います。信頼できるんです」

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新型コロナで中止になった送別会の代わりに贈られた替え歌「6年目の東京」

泉さんは1カ所に長くとどまる形でキャリアを積んできた。2003年に中途採用で入社。2015年に東京に移るまでは大阪センターを中心に関西での勤務が続いた。東京に移るときに初めてセンター長に昇格した。その意味でも東京の5年間は思い出深い。部署は一貫して幼児教育推進課で、幼稚園、保育園に英語教育のカリキュラムを提案する営業を担当。仕事のスタイルは10年以上に及ぶ関西勤務時代に基盤を築いたものだ。

通っていた保育園の英語レッスンが原点

生まれは高知市。通っていた保育園では週に1度、体操や音楽の日と並んで英語のレッスンがあった。絵本を読んだり、ABCの歌を園児みんなで歌ったり。先生は英語が堪能だった園長の娘さん。「後から母に聞いたのですが、私の好きな単語は″elephant(象)″だったそうで、しょっちゅう口にしていたそうです。そんな体験が結局、今につながっているんですね」

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保育園で英語をならったことが今の仕事につながっているという

高校生となり、将来の進路を考え始めたときに、自分の中で「保育園のあの時、英語をやっていたな。もっと英語を学んで、将来それを生かせる仕事をしてみたい」と思うようになった。地元・高知市の短大に通っている時にふと思い立ったのがホームステイだった。地方都市でもあり、どこから手を付けたらいいか分からない。今と違いインターネットもない。そこで旅行会社の店舗に出かけてパンフレットを片っ端から集め、情報を精査した。実現したのは2年生の冬。成人式の前だったので「振袖は要らないから、ホームステイの資金を助けてほしい」。そう言って、自分の力でまとめたプランを親に見せた。

ステイ先は米フロリダだった。ちょうどクリスマスホリデー、ニューイヤーにかかる季節で、近所の家を子供たちと訪問したり、ツリーの下にプレゼントを置いたり。ポップコーンに糸を通して雪の飾りを作ることも知った。初めての異国で、日常会話を含めてコミュニケーションには苦労したが、アメリカらしい文化に触れ「すごくいい経験になりました」。楽しかった思いが高じ、短大卒業後はワーキングホリデー制度を使って豪州に向かう。

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ツアーガイドの同僚と、トレーニングの為にツアー練習会を開催(前列右から2番目)

仕事は現地ツアーのガイドだ。ゴールドコーストに居を定め、ブリスベンの空港で日本人観光客を出迎える。歴史ある街並みを観光してからリゾートに先導。日本人に大人気のゴールドコーストでは、美しいビーチのほかに、コアラ、ウォンバット、ワラビーといった野生動物とふれあうオプショナルツアーにも案内する。「鳥が苦手なので、野鳥園で餌付けをして見せるのだけは苦痛でしたね(笑)」

不景気、同時多発テロ、SARS... そして英語の仕事へ

ガイドの仕事は実践的な語学力を磨くのに役立った。ドライバーや、ツアー客を連れて行く飲食店の従業員とはもちろん英語での会話だ。「それに、街のことや歴史など、いろいろなことを勉強する資料が英語なんですよね。辞書を使って懸命に訳していると自然に言葉が身に付いていくのが分かりました」。このままここで暮らそうか。そんな選択肢もあったが、いずれ帰るなら早く帰らないと、と3年で帰国を決める。

帰国後は短大時代に秘書技能を学んだ経験も踏まえて役員秘書として働き始めるが、1990年代末の日本は不景気のさなか。勤め先の業績不振で仕事を失う。結局、豪州での経験が生かせるから、と大阪の旅行代理店で宿泊や飛行機などアジア方面への旅行の予約手配をする仕事に就いた。2001年9月11日、米国で同時多発テロ事件が発生。2002年末からは重症急性呼吸器症候群(SARS)騒動も起こり、旅行需要が急減。転職を考え始めたタイミングでたまたま電話をくれたのが、ECCに勤め始めていた豪州時代の知人だった。

学生の頃は小さい子に英語を教える夢を抱いていたので、転職話は渡りに船だった。「ただ、教務担当スタッフとしては空きがなくて。何でもやってみたい、ということで初めて営業職をやることになったんです」

大阪幼推の同僚がコーチのサッカー試合を応援!cid_ii_kcphl5uy2.jpg

10年以上勤務した大阪センター時代、サッカーチームのコーチをしていた同僚を応援

スランプを克服し、リーダーの技量も会得

営業の仕事は想像していたよりは楽しさがあった。厳しいと言えば厳しいが、大阪センター初の女性営業ということもあり、周囲は親身になってノウハウや心構えを教えてくれた。順調に成績を上げ、営業先の幼稚園や保育園の園長からも「頑張っているわね」と声をかけられたりした。ところが一時期、スランプに陥った。人と話すことが好きだったので営業に臆する気持ちはなかったのだが、新規の契約が取れなくなった。

幼児教育推進課の顧客は園、つまり「施設」だ。その施設に商品を提案するために営業するのではなく、その施設を良くするために自分は何ができるかーー。上司から「お客様のための営業と考えれば?」と助言され、自分の仕事のスタイルを再構築した。加えて、施設に派遣されて英語を教える講師も「同じ目標に向かって共に進む同志」であることに気づいた。その結果、成績も回復し、講師ともより良い関係を築くことができた。「今思うと、先生(講師)が合わせてくれていたのだと分かります。年上の方が多かったので、泉さんだったら仕方ない、みたいな感じだったのかな」

2013年。大阪でチームリーダーを任されたのは自身にとっての転機だった。「張り切り過ぎて決断や指示が遅くなり、チームの仕事がうまく進まなくなる失敗があった」。細部や完成度にこだわるあまり、リーダーとしての判断が遅れる。それだけチームに余裕がなくなる。「決断が遅れると影響が全体に及ぶ。そのことを東京に行く前に実感しました」。迅速に決断することの大事さをこのときに学んだ。

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オンラインで東京の上田さんとひさびさの「再会」

もうひとつ、泉さんが大事にしているのが「基本」だ。「ものすごく大切にしていて、基本ができていないなら新しいチャレンジもしなくていい、とすら思っています」。基本、とは仕事上の難しいことではない。「片づける」「昼食はきちんとお昼に食べる」「お互いに声を掛け合う」。机が片付いていなければ業務に無駄が生じ、効率が落ちる。目指す情報が見つからず右往左往してしまう。当たり前のことだが、この3つの基本はすべてに通じると考えている。

また、東京センターの後輩の上田さんはこう話す。「まとまっていない話をすると叱られるので、それは控えるようにしていました」。まずは情報を整理して報告をする。そうすれば自分の意見を言える余地が生まれる。泉さんは「基本をちゃんとやっておけば大きく足を滑らせることはない。基本があってこその応用、挑戦だと考えています。また指示を守ることにとらわれ過ぎると自由な発想がなくなり、結果的に『やらされ業務』になってしまいます。指示待ちでなく、自主性を持ってほしい」と語る。

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赴任から1カ月、名古屋センターのスタッフともすっかり打ち解けて言葉を交わす

自分らしい意見をもっと

中部エリアブロック長 兼 名古屋センター長に赴任した今も、気持ちは変わらない。責任者になってから特に強く思っているのは「スタッフや先生方が働きやすい職場にしたい」ということだ。休日が多いとかそういうことではない。気持ちよく働けることと、それぞれの意見をもっと出し合えること。そして、いい意見はきちんと採用されるような仕組みをつくること。それには「基本を大事にしたうえで、自分らしさを表現すること」。それが欠けると自由でなくなる。自由でなくなると発想力が低下する。かつて身をもって体験したことだ。「基本、そして自分らしさ。このふたつはセットなんです」

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