かつては「邪悪になるな」だったが…

こうして著者は、巨大IT企業が独占的な地位を利用して利益を増やしていく方法を調べていくことになる。そして、「かつては光り輝く新星とみられたIT企業」が「邪悪」になる理由は過度な利益重視の姿勢にあると指摘する。

その象徴的な例として挙げられているのがグーグルだ。グーグルの行動規範として有名なのが「邪悪になるな(Don't be evil)」である。「邪悪な巨人」とまで評される今となっては皮肉なフレーズかもしれないが、設立当初は確かにこの理念に基づいて行動していた。その一例がターゲティング広告に反対する姿勢である。

この種の広告を行うことに、当時のペイジとブリン(注:グーグルの創業者の2人)は強く反対していた。データマイニングそのものを否定したのではなく、データを検索およびターゲティング広告と組み合わせることに反対していたのである。データマイニングは単純に、大量のデータを分析して、全体としての傾向やパターンを発見するための方法である。しかし、個人の行動を追跡して、つまり、人々が何を探し、何をクリックしているのかなどを記録して、彼らの人となりを示すデータベースを構築し、その情報を適切な広告主に売りつけるのは、絶対にやってはいけないことのように思えた。(「第3章 広告への不満」115ページ)

しかしながら、この姿勢は覆された。持続的な収益源が必要になり、「金もうけができないのなら、いくら大量のユーザーがいても意味がないではないか」というように考えを改めたためだ。

「収益を生まなければならないというプレッシャーがすごかった」と初期のグーグルで働いていたダグラス・エドワーズは言う。そこでペイジとブリンは、自分たちの倫理観は少し厳しすぎたのかもしれないと考えるようになった。検索結果のいちばん上に広告を載せるのは、それほど悪いことではないのでは? エドワーズによると、結局二人は「広告はすべてが邪悪なわけではない─妥当で役に立つものもある」と結論づけた。(「第3章 広告への不満」122ページ)
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