それを可能にする骨の構造もやはり、とても特徴的なものだ。川上さんは、なんだか嬉しそうにニワトリの胸骨を差し出して「無茶苦茶なんです」と表現した。

トビの胸骨(左)とニワトリの胸骨(右)。ニワトリの胸骨は板のようではなく枝状になっている(写真提供:川上和人)

「胸肉を骨ごと揚げてあるフライドチキンなどで、見たことある人も多いと思うんですけど、胸骨の形がもう無茶苦茶なんです。普通、鳥の胸骨って、平面になっている部分の上に筋肉がのるんですよ。そうやって筋肉を支えてます。でも、ニワトリの場合、それが平面じゃなくて枝状です。恐らく枝の部分がバネの役割をして、瞬発力を出すことができるんですよ。ギュッとためてボンって飛べる。でも、長距離を飛ぶためには、支えがしっかりしていたほうがいいんです。硬くないとやっぱり駄目なんです。自転車のサスペンションが柔らか過ぎると、ジャンプはできるけれども、フニャフニャして漕ぎにくいっていうのと同じです」

同じ「飛ぶ」にしても、進化の中でニワトリが選んだのは、短距離走者的なスプリント能力だったというわけだ。それが胸骨の形にも現れている。「飛ぶ」というキーワードについて、一筋縄ではいかないものを感じる。

さらに、川上さんは、空を「飛ぶ」だけではすまないとんでもない能力を持ったスーパーバードの存在を指摘した。

「僕が直接見て、『すごいな』って思う鳥はやっぱりいて、それは例えばミズナギドリです。1日に数百キロ移動することもできるし、地上では1メートル、自分の身長の5倍もの穴を掘ってそこで巣をつくったりするわけです。しかも、海の中では、泳ぎのエキスパートである魚を追いかけて食べてるんですよ。それが1個体でできちゃう。骨を見ていてすごいと思うのは、潜水性に応じて、上腕骨(肩から肘)の骨の断面が扁平になっているんですよね。単に構造的な強さを考えると、断面は円がよいはずなんですが、より流線型に近くするためと考えられます」

手にしているのは、川上さんらが2018年1月に発表した論文で小笠原の固有種であることを証明した小型のミズナギドリ(Puffinus bannermani)。それまでは別の鳥の亜種とされていたこともあり、正式な和名はまだ決まっていない

以上、川上さんによる、鳥の「すごさ」についての導入部だ。

自ら作った骨の標本を見ながら教えてもらったことが多く、なにか解剖学寄りの話になった。同時に、川上さんは常に進化についての意識が強くあり、鳥の進化をめぐる進化生物学的な話を聞いたようにも感じた。

その意識のまま標本室から引き上げて、川上さんの執務室を訪れると、ちょっと不意を突かれた。

天井はコンクリート打ちっぱなしで、そのままでは殺風景だ。川上さんは、パーティションで区切られた自分のスペースの上に、スチールの格子を取り付けて、そこから様々なものを吊り下げていた。

カラビナやエイト環といったクライミング用具。トレッキングシューズやヘルメット。そして、防水防塵タイプのコンパクトデジタルカメラなど。これらは、フィールドワーカー、それも、かなり厳しい調査地を頻繁に訪れる人の装備だ。

「僕は小笠原での海鳥の研究が多いんですけど、海鳥っていうのは、食べ物は海で食べるのに、巣をつくって繁殖するのは陸地ですよね。つまり、海から陸地に、窒素だとかリンだとか持ってくるわけです。他の場所で体に植物の種子を付着させて持ってくることもあります。ですので、海鳥も島の森林生態系の一部です。小笠原は、今、世界自然遺産に登録されていて、その保全管理の責任があるので、生態系の調査が必要なんです。これは、僕が、この森林総合研究所で、なぜこういった研究をやるのかという理由でもありますね」

ここで川上さんは、フィールドの生態学者としての顔を見せた。さっき骨を見ながら話を聞いた時とはかなり印象が違う研究領域だ。

進化という時間的スケールの大きな話と、生態系という一個体だけではすまない空間スケールの大きな話が、ここで合流していることに気づき、わくわくする。

鳥をめぐる「すごい」物語が、これから明らかになる予感がしてならない。

まるで探険家の部屋のような執務室

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年3月に公開された記事を転載)

川上和人(かわかみ かずと)
1973年、大阪府生まれ。鳥類学者。農学博士。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 鳥獣生態研究室 主任研究員。1996年、東京大学農学部林学科卒業。1999年に同大学農学生命科学研究科を中退し、森林総合研究所に入所。2007年から現職。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社)、『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『そもそも島に進化あり』(技術評論社)『外来鳥ハンドブック』(文一総合出版)『美しい鳥 ヘンテコな鳥』(笠倉出版社)などの著書のほか、図鑑も多数監修している。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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