コロナで注目の自転車 世界を変えたスマホ級の大発明

日経ナショナル ジオグラフィック社

1903年7月に開催された第1回ツール・ド・フランス。参加した60人のうち、過酷な2400キロのコースを完走したのは、21人だけだった。主催者のアンリ・デグランジュがこう語った話は有名だ。「理想的なツール・ド・フランスとは、あまりに過酷なため、1人しか完走できないものだろう」(PHOTOGRAPH BY THE PICTURE ART COLLECTION, ALAMY)

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1940年代、英バーミンガムにあるHercules Cycle社の工場で、自転車のホイールを製造する女性労働者。1910年に設立されたHercules社は、1930年代までに世界最大の自転車メーカーの1つになり、1日当たり1000台を超える自転車を生産していた(PHOTOGRAPH BY HULTON-DEUTSCH COLLECTION, CORBIS/CORBIS)
自転車競技のスーパースター第1号、米国のマーシャル・ウォルター・テイラー「少佐」。1896年に10代でプロに転向し、自転車競技で7個の世界記録を樹立した。スタンディングスタートの1.6キロの世界記録(1分41秒)は、28年間破られなかった(PHOTOGRAPH BY GL ARCHIVE, ALAMY)
道路を利用する自転車乗りの法的権利を定めた最初の本『The Road Rights of Wheelmen(自転車乗りの道路の権利)』。1895年、弁護士のジョージ・B・クレメントソンによって書かれた(ILLUSTRATION BY E. NADALL, COURTESY THE MET)
1891年、2人の若い米国の学生トーマス・ガスケル・アレンとウィリアム・ルイス・ザハトレーベンは、コンスタンチノープルから北京まで、2万4000キロを2年で走破する自転車の旅に出た。一般大衆が自転車の自由の可能性を見いだした1890年代に普通の人が成し遂げた多くの異例の旅の1つだった(ILLUSTRATION BY A. W. B. LINCOLN, COURTESY THE MET)
米国最初期のスポーツ雑誌の1つ『Outing』。そのページの多くをサイクリングに割いた。1890年代のサイクリングの熱狂が、サイクリング雑誌、ツアーガイド、地図、ハウツー本の巨大需要を生み、全印刷広告の10%がサイクリング関連のものだったという報告がある(ILLUSTRATION BY O.C. MALCOLM, COURTESY THE LIBRARY OF CONGRESS)

(文 ROFF SMITH、訳 牧野建志、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2020年7月26日付の記事を再構成]

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