ミッションは生命の痕跡探し NASAの探査車、火星へ
米航空宇宙局(NASA)は2020年7月30日、火星探査車「パーシビアランス(Perseverance)」を搭載したロケットの打ち上げに成功した。これから7カ月間の飛行により、火星にあるジェゼロ・クレーターをめざす。
20年7月に打ち上げられた火星探査機は、今回が3機目。7月19日にはアラブ首長国連邦の「ホープ」、7月23日には中国の「天問1号」が打ち上げられた。これだけの打ち上げラッシュになったのは、惑星の並びの関係で、26カ月に一度だけ地球から火星まで最小限の燃料で行けるタイミングだからだ。
パーシビアランスは、24億ドル(約2500億円)をかけた最新の原子力探査車だ。全長3メートル、幅2.7メートル、高さ2.2メートル、重量1025キロで、長さ5キロ以上のケーブルと7種類の科学機器、43本のサンプル収集用容器、火星に初めて送られるマイクロフォン、23台のカメラを搭載している。
この探査車を火星へ送ることで、NASAは人類をずっと悩ませてきた疑問に答えようとしている。火星に生命は存在するのか?あるいはかつて存在していたのか?NASAの火星探査車が生命探査を目標に掲げるのは、今回が初めてだ。
「私たちの探査戦略は、時代を大きくさかのぼり、火星と地球が互いによく似ていたと考えられる時代に目を向けることにあります」と、NASAジェット推進研究所(JPL)の副プロジェクト科学者であるケン・ウィリフォード氏は語る。
火星到達へ最初の試練
とはいえ、ジェゼロ・クレーターの探査は容易ではない。パーシビアランスの最初の試練は、21年2月18日に予定されている、火星の薄い大気圏への突入だ。7分におよぶ危険な降下では、地球のミッション・コントロールセンターからの指示なしに、様々な技術を駆使して着陸を完了させなければならない。
秒速5キロ以上の猛スピードで大気圏に突入したパーシビアランスは、パラシュートを展開し、熱シールドを吹き飛ばした後、自身のカメラで火星を見る。地表に向かって旋回しながら、着陸地点付近の岩石や斜面など、ミッションの妨げになりうる危険を自律的に回避するのだ。
「探査機が自らの目を頼りに着陸するのは初めてです」と、ミッションの誘導・航法・制御システムを担当するJPLのスワティ・モハン氏は言う。
探査車は詳細な車載地図を基に、眼下の地形を10~15秒の間、高速で撮影する。その後、システムが自律的に、直径10キロの着陸目標範囲の中の安全な場所に誘導する。
「この領域は、過去に着陸したどの領域よりも危険です」とモハン氏は言う。「けれどもパーシビアランスは99%以上の確率で安全に着陸するでしょう」
無事に着陸できたら、クレーター内の岩石や堆積物の中から、古代の生命の痕跡を探す。現在のジェゼロ・クレーターの環境は非常に寒くて過酷だが、過去に水が作り出した地形が残っているため、昔は温暖で水が豊富にあったことがわかる。パーシビアランスには、岩石を調べるための高度な分析機器が搭載されているほか、10年ほど後に火星にやってくる別の探査機が回収して地球に持ち帰るためのサンプルを収集・保管するための道具も積み込まれている。
「厳選されたサンプルを少量でも実際に地球に持ち帰ることができれば、惑星探査の進め方は大きく変わることでしょう」と、米ジョージタウン大学の惑星科学者で、古代の生命の痕跡を研究しているサラ・スチュワート・ジョンソン氏は語る。
科学者たちは昔から地球外生命を探し求めてきたが、宇宙生物学がきちんとした科学として認められるようになったのは、つい最近のこと。今やこの分野の研究はかなり盛んになっている。今回のパーシビアランスは火星をめざすが、将来は木星や土星の凍った惑星が目的地になるだろう。そこでは今も生命が繁栄している可能性がある。
パーシビアランスのチームは、火星の生命が存在した証拠、決定的とは言えないまでも、それらしい何かを発見できる可能性が高いと考えているが、このミッションの副プロジェクト科学者であるケイティー・スタック・モーガン氏は、今回の探査で見つからなくても、将来サンプルが回収されて地球に戻ってきたときには、説得力ある証拠が得られるだろうと信じている。「たとえ生命の痕跡が見つからなかったとしても、ほかの惑星に生命が存在するための条件について、興味深い事実が明らかになります」
生命の痕跡、こうして探す
直径45キロのジェゼロ・クレーター内には、古代、クレーター湖に水が流れ込み形成された、広大な三角州の跡が残っている。太古の火星に生命がいたなら、まさにこのような場所に痕跡を残しているはずだ。
太古の火星は、現在とはまったく異なる惑星だった。これまでの探査データによると、この惑星が誕生してから最初の10億年間は厚い大気に包まれていて、少なくとも周期的に温暖で湿度の高い時期があったようだ。
実際、約35億年前までは、火星の表面には多くの湖や川があった。今でも、川が刻んだ谷や、川の流れで角がとれた石、水中で形成された鉱物など、水の作用を物語る証拠を目にすることができる。
約38億年前に形成されたジェゼロ・クレーターにはかつては水がたまっていて、その水深は約250メートルもあった。クレーターの縁の岩石は約40億年前とかなり古いもので、クレーター内の岩石はこれより5億年ほど新しい。広い時間間隔のある岩石記録を調べることで、火星全体の気候の大きな変化を垣間見ることができるかもしれない。
地球上の最古の生命の痕跡は、粘土鉱物に保存されていることが多く、火星のジェゼロ・クレーターでも同様に粘土鉱物に複雑な有機化合物が含まれている可能性がある。科学者たちは、火星の湖の化学的性質の予想が正しいなら、それはストロマトライトと呼ばれる構造物に似ているのではないかと考えている。ストロマトライトは、微生物と泥に含まれる有機物が交互に重なってできた層状構造物で、地球上で35億年前の生命の記録となっている。
パーシビアランスは、高解像度カメラと、ロボットアームに搭載された2種類の岩石分析装置「PIXL」と「SHERLOC」を使って、火星の古代の堆積物層に残る生命の痕跡を探す。岩石分析装置は、火星の岩石中の元素、鉱物、有機化合物の分布を詳細に明らかにすることができる。
「生命は塊になりたがる傾向があります」とウィリフォード氏は言う。地球上のストロマトライトは、有機物が豊富な層と乏しい層が交互に重なっているので、火星の岩石に同じようなパターンが見られれば、生命の存在を強く示唆していると言える。
しかし、生命の存在をはっきりと確認できる可能性が高いのは、将来、地球に持ち帰られる岩石サンプルの方かもしれない。パーシビアランスは約40本の容器に15グラムずつ岩石を入れて密封し、将来、別の探査車が回収できるように保存する。NASAと欧州宇宙機関(ESA)は、これを回収するための共同ミッションを計画しており、26年の打ち上げと31年までの帰還を計画している。
「サンプルを地球に持ち帰ることさえできれば、たった1粒の砂から古代の環境に関する膨大な情報を読み取ることができるでしょう」とウィリフォード氏は言う。地上の実験室では、サンプルに含まれる分子の複雑さ、炭素同位体比、代謝副産物など、生命のさまざまな痕跡を調べることができる。
人は火星で生活できるのか
パーシビアランスは、生命探査だけでなく、低温で空気がほとんどない火星環境で人間が活動し、生き延びられるようにするための新技術の検証も行う。その1つが、二酸化炭素を酸素に変換する「MOXIE」と呼ばれる装置である。人間が生き延びるためには酸素は絶対に欠かせない。
スタック・モーガン氏は、「この技術をスケールアップすれば、火星の居住施設に酸素を供給したり、宇宙飛行士を地球に帰還させるためのロケット燃料や推進剤の製造に利用できるかもしれません」と言う。
もう1つは、探査車の腹の下に収まっている重量1.8キロの小型ヘリコプター「インジェニュイティー(Ingenuity)」だ。火星の薄い大気中でも飛行できるように設計されたこのヘリコプターは、地球以外の惑星における最初の動力飛行を行い、低空から火星を探査しようとしている。
ヘリコプターの2つのプロペラはカーボンファイバー製で、長さは約1.2メートルあり、1分間に2400回転する。これは地球上のどのヘリコプターよりも速い回転速度だ。インジェニュイティーは、探査車のミッションの最初の30日間に、カメラを数台携えて自律飛行テストを行う。
チームは現在、ヘリコプターの飛行計画の詳細を検討しており、最初の20秒間の飛行で機体の性能を確認する予定だ。初飛行がうまくいけば、さらに4回の飛行が予定されており、将来の火星用航空機の検証を行う。
インジェニュイティーのプロジェクト・マネージャーであるミミ・アウン氏は、飛行からデータを得ることが重要だと言う。「地球から離れた火星で航空機を操作するにはどうすればよいのか、すべてが勉強になります」
これまで人類は、火星については遠くから学ぶしかなかった。しかし、ヘリコプターや探査車、岩石サンプルが火星の秘密を解き明かしていけば、かつての火星がどれほど生命の居住に適した場所だったのか、そして将来、人類が火星に住むことは可能なのかが明らかになるだろう。
(文 NADIA DRAKE、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年8月3日付]
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