社会的距離はペンギン何羽? すみだ水族館が展示解説
すみだ水族館(東京・墨田)は、来館者が楽しい気持ちでソーシャルディスタンス(社会的距離)を理解できるよう、ペンギンやチンアナゴなど人気の生き物の大きさを使うことで距離を表現するようにした。安心・安全を確保しつつ、子供は遊びながら学べる。コロナ禍の制約を付加価値につなげた。
ペンギン、チンアナゴ、クラゲなど動物で表現
新型コロナウイルス感染症の全国的な拡大のため、2020年3月1日から臨時休館していたすみだ水族館が6月15日から営業を再開した。3密回避を施した館内に入ると、チケット売り場や内部のカフェやショップの床などさまざまな場所に、3羽のマゼランペンギンのイラストが描かれた横に長いマットが敷いてある。これは3密回避に向けたソーシャルディスタンスを、子供にも分かりやすく伝えるための試みだ。待っている間に生き物について学べ、安全・安心にもつながる。いわば3密回避を楽しんでもらうための施策で、コロナ禍の制約を逆手に取って新たな付加価値につなげた好例といえる。
マゼランペンギンの体長は約70センチメートル。感染防止のために厚生労働省が推奨するソーシャルディスタンスは約2メートルで、マゼランペンギンが3羽分に相当する長さ。ソーシャルディスタンスではなく、「スリーペンギンズディスタンス」と呼んで分かりやすくした。他にもチンアナゴ7匹分で約2メートルを表現するなど、すみだ水族館で人気がある生き物のサイズで来館者にソーシャルディスタンスを理解してもらう。
「ちょうど4月末にすみだ水族館で3羽のマゼランペンギンの赤ちゃんが生まれており、その3羽が健やかに成長してほしいという願いと、水族館で暮らす生き物に親しみを持ってもらいたいという思いを込めた」と、今回の取り組みの企画を行った企画広報チームの鷲田侑香氏は話す。
マットのデザインはペンギンやチンアナゴの他、アカクラゲやミズクラゲ、オットセイ、サメの一種であるシロワニの6種類。例えば同じクラゲでも触手が長いアカクラゲは1匹で2メートルになるが、小さいミズクラゲは10匹で2メートルになることが分かる。「これまで水族館として生き物の大きさに関する情報は発信しておらず、伝え切れていなかった」(鷲田氏)。
だが今回の取り組みで「マットに描かれた生き物に関心を持った人が、もう一度展示を見に戻る」「親子でマットの生き物を見て会話が弾む」など、観覧の新たな楽しみ方をマットが作った。ソーシャルディスタンスを確保しながら営業でき、しかも水族館として学べる。「SNSにも取り上げられるなど、安心と楽しみが両立したデザインになった」と鷲田氏は話す。現在、3密回避に向けて人数制限しているため来館者の増加は難しいが、今までにない見せ方は顧客満足度の向上につながりそうだ。
床には水紋やペンギンの足跡シールも
さらには水槽回りの床などに「水のゆらめきを表現した水紋」や「ペンギンの足跡」をシールにして貼っている。これもソーシャルディスタンスを意識させずに徹底するための仕掛けだ。
「水紋シールは3つの大きさを用意し、子供たちが自然に乗りたくなるよう、大きさを組み合わせて床に配置している」と鷲田氏は言う。取材中も、子供が喜んで水紋や足跡のシールを踏んでいる姿があった。大人も子供と一緒に遊んでしまいたくなる。
ただし製作には苦労もあった。来館者に楽しんでもらえるようなデザインにしようと最初はプロジェクターの使用も考えたが、館内は暗いので投映は難しいと分かった。そしてシールとマットで表現することにしたが、館内の湿度が高いためシールでは水槽の周りだとはがれやすかった。そこで、すみだ水族館の装飾などを手掛けているデザイン会社のツクリ(東京・中央)と相談し、水紋はシールタイプだけではなく、マットタイプも作成。場所に応じてシールタイプとマットタイプを使い分けた。
すみだ水族館では大型リニューアルを行い、7月16日に新しいエリアも登場している。日本最大級の長径7メートルの水盤型クラゲ水槽の設置だ。約500匹のミズクラゲを水槽の上から観察できるという、これまでにない展示が魅力のエリアだが、ここでもソーシャルディスタンスを保つためのペンギンの足跡シールが活躍している。
生き物に親しんでもらえるようにするには、安全や安心の確保は欠かせないが、楽しもうとする来館者の気持ちがそがれるような取り組みはふさわしくない。バランスがうまく取れたすみだ水族館のケースは、他の業種にも参考になりそうだ。
(ライター 中村仁美、写真 名児耶洋)
[日経クロストレンド 2020年7月29日の記事を再構成]
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