ブラジル音楽にのめりこんだのは店のフリーペーパーに掲載された記事 がきっかけ。堀内さん選曲のCDもシリーズ化されている

震災が転機に 「自己表現の場」カフェに集中

「いろんな目的で来たお客さんが『ここでいい時間を過ごせたな』と思える場所には、タチの映画のようなユーモアが欠かせません。大きなプリンがドンと乗ったパフェの形とか、新商品のレモンパフェの名前は店名をもじった『レモンシュ』にするとか。カフェ グラッセのコーヒー豆形の氷もそうです。お客を楽しませようというサービス精神は旺盛です」

堀内さんは店奥のカウンターの中で作業しながら、サッカーの司令塔がキラーパスの出しどころを探るように、頻繁にフロアにまなざしを向ける。お客はリラックスしているか。何か店員に言いたそうにしていないか……。立ち働きながら一瞬たりとも気配りを忘れない。

堀内さんにはブラジル音楽評論家という顔もある。「ブラジル音楽特有のサウダージ、郷愁が魅力的で、波長が合ったんですね。それで2000年代、研究にのめりこみました」。02年にはボサノバ界のミューズ、ナラ・レオンのコンピレーションアルバム制作に携わり、鎌倉にブラジル雑貨の店と、ブラジル音楽のCD店も開いた。

だが09年、レオンの伝記の監修に携わったのを機に、研究に一区切りをつける気持ちになったという。同じ頃、斎藤珈琲のオーナーが体調を崩し、従来の豆が調達できなくなった。自家焙煎を始めたのはそんな理由からだ。そして翌11年。

深煎りはネルドリップ、中深煎りはコーノ式、中煎りは台形のペーパー ドリップと使い分けている。ちなみにスイーツ各種は奥様が考案

「東日本大震災で母方の親戚が被害に遭いました。これが自分を見つめ直すきっかけになったんです。もっと太く、濃く生きたいという気持ちが強くなった。それまでは店を留守にすることもありましたが、生豆を選んで、焙煎して、抽出してと、この店のすべての仕事に全力を注ぐことにしようと。それで雑貨とCDの店を閉めました」

その後、メニューではスペシャルティコーヒーにも力を入れ、傍からは寄り道に見えたブラジル音楽研究も、今では店の個性の一部となっている。居心地のいい場所を表現する手段が増え「震災以降はものすごくやりがいを感じています」。だがコロナ禍は、その自己表現の場である「店」の存在意義をも揺るがしている。

「この店が替えのきかない存在にならないとダメだなと思います。顧客のコミュニティー作りも大事で、それについては10年前からすごく意識しています。それにはもっと自分が濃い存在になって、店の求心力を高めなきゃいけない」

今、神奈川県のFM3局でコーヒーや音楽について語る番組に出演している。これもファン開拓の貴重な手がかりになる。さらに「コロナ後」ならではの、顧客への新しいアプローチ方法に思いを巡らせている。

「お客の自宅でこの店の『場』が再現できる手段は何なんだろうとか、通販で何ができるんだろうとか。先日はインスタグラムで店のライブ中継をしてみました」

柔らかい発想とフットワークの軽さは堀内さんの持ち味だ。その好奇心のアンテナは新しい自己表現の手立てを探ろうと感度を一段と高めている。「ディモンシュに行く日が待ち遠しい!」という客を一人でも多く増やすために。

(名出晃)

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