研究室のリアルをSFに 細胞みて「いい顔」「凶暴」小説家 瀬名秀明さん(上)

――デビュー作「パラサイト・イヴ」の主人公も薬学部の研究者です。ご自身の経験を生かそうと考えたのですか。

「執筆当時は院生で、私も日々、細胞と向き合っていました。手を動かし、顕微鏡をのぞきながら、細胞の『顔がいい』とか『凶暴そうだ』とか面白がって。実験指南書の中には、ウサギに免疫注射をした後にはナデナデしなさいと書いたものもあるんですね。こういう研究の現場のリアリティーは、それまで小説で書かれることはありませんでした。もし自分の生活をそのまま書けたら新しい小説になると気づきました」

――科学の面白さはどんなところにあると感じますか。

「研究の現場の熱気ですね。それに気づいたのは、大学の薬学部に入ってからです。現場の細かなリアリティーに魅了されて、ほぼ毎日、実験室に入り浸り。自分の手で実験を進めるのが楽しくて、夢中になっているうちに、深夜のラジオ番組『ジェット・ストリーム』の放送も終わっていました」

「研究の現場から離れた今は、他の分野の先生と会う機会が増えました。ロボットや宇宙物理学、そしてバーチャルリアリティーまで、知らなかった世界に触れてサイエンスとの関わり方も変わりました。そんな中でわかってきたのは、どの分野も『人間って何?』『生命って?』『宇宙って?』という大きなテーマに行き着くということです。年齢を重ねると、研究者もこうした大きなテーマについて考えるようになって、挑戦したくなるんですね」

ロボ開発に心理学や動物行動学

――科学者たちとはどんな話をするんですか。

「例えば生物の動きを取り入れたヒト型ロボットやヘビ型ロボットの研究者と話すと、私とは違う生物観が見えて、とても面白いです。『赤ちゃんロボット』を開発している研究者は、人間の心の発達という異分野にも入ってきて、心理学や動物行動学の知見を取り入れるわけです。そういう研究はものすごく『センスがいい』と感じ、驚きと尊敬の念を抱きます」

「自分の専門分野のコミュニティーにいるだけでは気づけないことも、異分野と交流し、学際的な研究をすることで見えてくる。それも科学研究の醍醐味ではないかと思います。私も、1つの分野を深堀りした『パラサイト・イヴ』とは違って、最近はこうした交流を意識した小説を書きたいと思うようになりました。研究者が読んで、なるほどそういう手があったかと思ってもらえる作品をめざしています」

「小説を読んだのがきっかけで科学をめざす道もあれば、研究者の本を読んでSF作家になる人もいます。科学に興味を持ったけれど、人文学に進むということもあるでしょう。こうした交換があってこそ学際的な研究は可能になります。パンデミックのようにあらゆるものを総動員して立ち向かわなければならない現実もあります。異分野の人たちが謙虚に話し合う、そんな社会になってほしいと思っています」

(聞き手はライター 鴻知佳子)

瀬名秀明
1968年、静岡県生まれ。東北大学大学院で博士号(薬学)取得。在学中の95年に「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞を受け、作家デビュー。98年に「BRAIN VALLEY」で日本SF大賞を受賞。「パンデミックとたたかう」(共著、岩波新書)、「ロボットとの付き合い方、おしえます。」(河出書房新社)などノンフィクションも手がける。近著に2020年2月刊行の短編集「ポロック生命体」(新潮社)がある。

今こそ始める学び特集
学生参加型コミュニティ 登録受付中
メールマガジン登録
注目記事
今こそ始める学び特集
学生参加型コミュニティ 登録受付中
メールマガジン登録
NIKKEI STYLEは日本経済新聞社と日経BPが共同運営しています NIKKEI 日経BPNo reproduction without permission.