『火星の人』は近未来の超リアル・サバイバルSF

『火星の人』

『火星の人』は、いまから10年後の火星探索ミッションを舞台にしたサバイバルSFです。

この物語で素晴らしいのはその圧倒的なリアリティですが、もっとも心を打つのは火星に一人残された主人公ワトニーの、ユーモアと楽天性です。それこそが、彼のめげない精神と活発な行動を支えているのです。

あるヒトは映画『オデッセイ』を「観るエナジードリンク」と評しました。そう、この本『火星の人』は、「読むエナジードリンク」と言えるでしょう。読むと動悸(どうき)が高まり、テンションが上がり、もの凄く前向きになれます。

気圧が地球の135分の1(つまりほとんど真空状態)、気温がマイナス50℃(冬のエベレスト山頂より寒い)の火星で、ワトニーは精神の安定を保ちつつ、生き延びる術を見つけ、創り出し続けました。そしてその根幹にあったのは、科学者(植物学者)としての彼の「ハカる」姿勢と能力でした。

もちろん最初に彼がハカったのは、残存食糧の数でした。もともとの宇宙飛行士6人×滞在予定50日分、つまり彼1人なら300日分の食糧があることが確認されました。ただ、助けが来るのは4年先……。これでは3年分、足りません……。足りない3年分の食糧を、どうやったら極寒不毛の火星の地で育てうるのでしょうか。

倉庫から見つかった植物の中で、もっとも効率のよいじゃがいもが、その候補となりました。場所はいまいる火星基地(ハブ)の中。そこに土を運び入れて畑をつくるのです。土の搬入効率を概算後、ワトニーはすぐやってみます。

やってみたら実際の効率は、20分の1! でも作業の途中で「エアロックをいちいち通らない方法」を考えついて、作業効率は格段にアップしました。これが実際にやってハカることの価値ってもんです。

睡眠とユーモアと定量的試行錯誤で、圧倒的困難に立ち向かう

ワトニーは火星上を移動するためのローバーを改造して、長距離航にも挑みます。でもいきなりなんてやりません。少しずつ、試行錯誤です。太陽電池パネルなどを詰め込んだローバーで、まずは数キロを走ります。それもジグザクに行ったり来たりで。万一止まってしまっても歩いて戻るための工夫です。

その距離を徐々に延ばしていって……のつもりでしたが、すぐダメとわかりました。寒すぎるのです。ヒーターを付けないと、1時間で寒さに耐えられなくなるとわかりました。でもヒーターを付けると航続距離が半分になってしまいます。

「これは失敗ではなく、学習体験だと呼びたい」との名言を残して、彼は次の手段に移ることを決断しました。これも机上ではわからなかったでしょう。でも、やってみて、体でハカればすぐわかります。これは耐えられる、耐えられない……。

ワトニーは山のような問題を、なんとか片付けていきます。「問題はひとつずつ対処していこう」と。その方法はでも、いつも同じです。概算し試行しハカり、考えて再試行することをひたすら繰り返します。4年後の救出に向けて。

でもときどき(というかかなり頻繁に)、彼はどうしようもないような困難にぶつかります。概算したら足りないのです。じゃがいもが、そして、水が。それも2~3割ではありません。3倍も10倍も足りないのです。

そんな圧倒的困難に直面したときのワトニーの、典型的な反応はこうでした。

「ゲッ」「もう寝る」

寝ることで気力が戻り、体力が回復します。頭も回転もよくなることでしょう。ワトニーはそれを知っています。座って悩んでいてはダメだと。寝て、動いて、考えることでこそモノゴトは進めうるのだと。

みなさんも、是非。SFにはこんな「リアル」な助言も隠れています(笑)

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『おうむの夢と操り人形』には、実現したい未来がある