幕開けは「ショー・マスト・ゴー・オン」(井上芳雄)第74回

日経エンタテインメント!

そんなことを含め、今回は8年前とのいろんな違いを実感しました。知念さんとの共演は8年前が最後だったので、それも久しぶり。避けているとかやりにくいとかではないのですが、周りに気を遣わせてないかは気にかかります。全く触れないのも不自然な気がして、初日のトークでは2人のことに触れました。お客さまが温かく迎えてくださった感じが、うれしかったですね。これもまた、これからのひとつの在り方というか、一緒に演じられる機会があれば自然体でやれればいいと思っています。それを切り開こうと思っているわけでは全然なくて、今回のように結果としてそうなるのなら、ありがたいことです。

トークにしても、以前は5人でワイワイガヤガヤという感じでしたが、今は役割がはっきりしてきたように感じます。8年前、僕が「黒一点」としてトークを回していたのを見たアナウンサーの笠井信輔さんから、こんな指摘を受けました。「井上君は自分の話ばかりしている。もっとほかの人の話を聞いた方がいいよ」。僕自身は、お客さんが喜ぶ話をしていたつもりだったのですが、「そう見えてるんだ」と気づいて、ずっとそれを気にとめていました。それで今回、8年ぶりに5人でトークをしたときに、「今は自然とそうできてるんじゃないかな」と思ったんです。もちろん自分の話もするけど、今回の公演の成り立ちを話したり、みんなができるだけしゃべったり、話したくなる雰囲気をつくろうと自然にできていたし、それに喜びを感じてもいました。

自分のことをさらに言えば、自粛中にずっと家でバーレッスンをやっていたので、今の方が踊りやすい気がします。8年前はゆみこさんが宝塚を退団してまだ数年だったので、男役の動きもキレキレ。僕が同じ振りをしていても、「男なのに踊りが負けている」とみんなに言われてました(笑)。今回はそうは言われなかったので、体もキレているのではないでしょうか。

一歩引いて俯瞰する立ち位置へ

歌の解釈も変わりました。僕は、ガブリエラという主婦がコーラス隊で勇気を振り絞って歌う『ガブリエラの歌』という曲が大好きで、小林さんに日本語の詞をつけてもらいました。今までいろいろあきらめていたけど、仲間の声を聞いて、やっぱり自分の声で歌いたいと分かったという歌詞です。8年前までは、その瞬間、瞬間でその人になりきって歌っていたと思います。例えば「あきらめて生きてきた」という歌詞は、あきらめた気持ちで歌うし、「でも気づいて」と歌うときは前向きな気持ちでと、その時々の感情を表現していました。けど今回は、いろんな経験をして一歩踏み出すんだと決めた人が、その時点から自分の人生を振り返るように歌ってみたんです。

それは表現の方向性で、正解かどうか分からない。けど、今はそれがしっくりくるというのかな。そっちの方が、お客さまも聴きやすいのではないかと思います。今までは感情を込めることが自分の精いっぱいだったけど、その渦中にいる人の視点じゃなくて、波が去った後で振り返るような視点。一歩引いて俯瞰(ふかん)する立ち位置に変わった気がします。今はお芝居をするときも、そうありたいと思っています。そんな自分の変化を感じました。今回は5カ月ぶりに舞台に帰ってきたというだけでなく、8年前と比べてもいろんなものが見えた公演でした。

8月は、東京芸術劇場と東京オペラシティでの『ミュージカル「ナイツ・テイル」in シンフォニックコンサート』、帝国劇場での『THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE』と舞台が続きます。コロナ禍は予断を許さない状況ですが、また舞台に立てる喜びをかみしめながら、前に進んでいきます。

井上芳雄
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。2020年8月は第1、第4土曜。第75回は2020年8月22日(土)の予定です。

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