「かき氷」が熱い 濃い歴史と甘くないサイエンス
立川談笑
いよいよ8月。本格的に暑くなると恋しくなるのが、かき氷。ここ数年、はやってますよね。まさにかき氷文化爛熟(らんじゅく)時代です。インターネット上では「行列のできるかき氷屋さんランキング情報」が飛び交い、全国の名店が自慢の逸品に工夫をこらし、氷とともにしのぎを削っています。
「氷はマッターホルンの天然氷を使用。南仏直送のラフランスだけを使った自家製シロップとトッピング。和三盆と国産本わらび粉を100パーセント使用したわらび餅がアクセント。氷はNASA(米航空宇宙局)が開発した最新技術でナノレベルに削られて、その食感は、ふわっとろっ!」みたいな。わはは。なーんてこれは架空ですが。そんな風に洗練された最先端のかき氷の数々が、おしゃれで涼し気な画像としてインスタグラムにあふれています。かき氷映えに次ぐかき氷映え。
学生時代に「フラッペ」登場
さてさて。スイーツに詳しいわけでもない私としては、そんなかき氷の知られざる歴史や周辺について探ってみます。
まずは昔話から。50歳代の私が育った東京下町では、かき氷といったらイチゴ味やメロン味、レモン味なんて色鮮やかなシロップをかけるのが定番でした。子どもはみんな真っ黒に日焼けして、男の子はランニングに半ズボン姿。虫かご下げて夢中で炎天下を駆け回って、扇風機の前でありついたかき氷がうれしかった。頭がキンキンしながら最後の一口を飲み終えた後には、ベーと舌を出してその染まり具合を確認しあう。あの暑さもすべてひっくるめて、かき氷を食べる醍醐味だった気がします。
そういえばあの頃の「氷いちご」「氷メロン」などの「氷○○○」という呼び方からして今ではずいぶん古いスタイルなのかもしれません。ずいぶん後になってブルーハワイが登場したときには、もはや「氷ブルーハワイ」とは言わなかったもの。
また当時は「氷水(こおりすい)」または「すい」ってのがありましたっけ。透明な甘い密をかけるだけの。なんとも大人な雰囲気のかき氷でした。小手先の派手さには左右されないぞ、って感じで。あれ、地域によっては「かんろ」「みぞれ」「せんじ」とも呼んだんですね。
学生時代には、かき氷を「フラッペ」と称して喫茶店で出してました。かき氷にアイスクリーム、生クリーム、色とりどりのフルーツなんかがトッピングされると、洋風な雰囲気をまとってフラッペに進化する。それまでパフェなどアイスクリーム領域にとどまっていた喫茶店の大人客を、かき氷側に取りこんだ。あれはナイスアイデアでしたね。
調べたら、昭和30年(1955年)ごろにかき氷機を扱う調理機器の大手メーカーが名称を考案したと分かりました。仕掛け人、発見。販売戦略が当たった。今風に言うとバズったのか。喫茶店はかき氷機をこぞって導入したんでしょうね。おっと、家庭用かき氷機で一大ブームを起こしたのも同じ会社だって。すごいなあ。
さて。目線をぐっと昔に向けて、かき氷のそもそもを。
記録をさかのぼると、わが国ではなんと清少納言も味わってました。「枕草子」に「あてなるもの(上品なもの)」として「削り氷(けずりひ)にあまづら入れて、新しき鋺(かなまり=金属製のおわん)に入れたる」とあるんです。
へー。ちっとも知らなかった。これはかき氷好きの間では有名な話なんですって。この削り氷こそがまさにかき氷で、あまづらとは「甘葛」という植物由来のガムシロップみたいな甘味料です。そしてサビもくすみもない輝く器。メタリックのデザートボウルにかき氷とは、見た目にもさぞ涼やかだったことでしょう。
夏の氷が庶民に届くまで
それにしても電気冷蔵庫のない時代に夏に氷を手に入れるのは大変だったでしょうね。4世紀ごろには朝廷に献上されていたとの記録もあるようですが、保管と輸送の技術が発達して庶民に夏の氷が届くようになるのは江戸時代も末期だったようです。おお、ようやく私の守備範囲だ。
古典落語にも登場しますよ。夏の落語の定番「青菜」の中で、立派なお屋敷で供される鯉(こい)のあらい(温・冷水で加工した切り身)は氷の上にのってきます。たまさかごちそうに預かった植木職人が氷を口に含んで大騒ぎをする楽しいシーンになります。いろいろ考え合わせると、古典とはいえ少なくとも明治以降の時代設定のようですね。あ、落語は時代考証なんかけっこうあやふやなんですよ。時代性を帯びたフィクションとしておおらかに楽しんでいただければいいんです。ただ、こうやって調べて何かを発見するのもこれはこれで楽しいものです。
明治維新の前後では、横浜でアイスクリームが売り出されたことは有名です。このころになると天然氷をアメリカから輸入したり、国内生産を目指したりする人が出てくる。さらにアンモニアを使った製氷機が輸入され、明治の後期には機械製氷が主流になっていきます。暑い夏でも、誰もが気軽に冷た~いかき氷を楽しめるようになりましたとさ。めでたしめでたし。
ふうむ。なんとなく分かった気もしますけど。でも! 「アンモニアで氷を作る」? ぜんぜん納得できない。
そう。考えたら分からないことだらけだ。地球環境に悪いから冷蔵庫にフロンガスを使うのをやめた。そのこと自体は知ってるけど、そもそもフロンがどうして冷蔵庫に必要なのかは知らないもの。
あと、あれも! 引っ越しとかで冷蔵庫を動かしたとき「中のガスが落ち着くまでコンセントを差さないで下さい」って言われたことありません? なんだい、そのガスってのは落ち着いたり慌てたりするのか?
それに自動製氷機の、バラバラ氷が落ちてくるあの不思議な仕掛けもいっつも気になるんですけど!
化学の基礎からやり直さねば。と思ったらそれどころか「冷凍学」なる学問分野があるんだって。食糧問題、地球環境、メタンハイドレート……。あわわわ、わ。氷の周辺は知らないことだらけになってきた。
悔しいから、せめて冷蔵庫のメカニズムだけでも理解しようと試みたら、キャピラリーチューブ? エバポレーター? 英単語として見たことも聞いたこともない。
ダメだこりゃ。知恵熱、発生。かき氷を食って頭を冷やそう。
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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