アラブ初の火星探査機 「科学大国」の復興目指す

日経ナショナル ジオグラフィック社

ペルシャ湾に面するUAEは、7つの首長国で構成される連邦国家だ。新型コロナウイルス感染症の流行で原油価格が急落する以前から、経済ショックや世界的な流れを受けて、湾岸諸国の石油依存経済が長続きしないことは明らかになっていた。そのためUAEは、今回のミッションをきっかけに、科学技術をベースとした経済に踏み出し、自国で活躍する世界的研究者を増やしたいと考えている。

さらにもうひとつ、今回の火星探査はアラブ諸国にとって象徴的な意味も含んでいる。8世紀にはじまったイスラム黄金時代に、アラブとイスラムの科学者たちは、数学、天文学、医学、哲学の分野で飛躍的な進歩を遂げた。その歴史的遺産は、高い失業率、過激思想、難民問題、内戦、貧困に苦しめられている現代のアラブ人の感情を今も強く揺さぶる。

「昔は、ここから知識が生まれていました」と、HOPE計画のディレクター、オマー・シャラフ氏は言う。「現在の科学技術は、かつてこの地にいた科学者たちの成果によるところが大きいのです。彼らはそれぞれ、異なる背景を持ち、異なる民族の出身でした」

火星探査は、中東や北アフリカでの競争を生み、それぞれのSTEM産業の発展に貢献するだろうと、シャラフ氏は期待する。地域の幅広い人材を活かすために、UAEはアラブ人研究者たちを採用して天文学や惑星科学の訓練を施す新たなプログラムを立ち上げた。こうした努力によって、アラブ諸国の若者たちが過激派集団へ加わるよりも科学を学ぶことを選択するようになり、さらに世界の他の地域への頭脳流出も抑えられると期待されている。

2015年5月、ドバイの式典で、HOPE計画について説明するUAEドバイ首長国のムハンマド・ビン・ラシド・マクトム首相(舞台左)(MOHAMMED BIN RASHID SPACE CENTRE)

UAEの宇宙プログラムは、これまでもいくつかの成果を挙げてきた。18年には、ハザ・アル・マンスーリ氏がUAEの宇宙飛行士として初めて国際宇宙ステーションを訪れ、約1週間滞在した。その後マンスーリ氏は、全国を回って講演を行っている。17年に創設されたUAE宇宙飛行士計画は、2117年までに火星に有人基地を作るという大きな目標を掲げた。

さらに18年には、UAEのエンジニアだけで建造された地球観測衛星の打ち上げも成功させた。このように早いペースで宇宙計画を進めることができたのは、彼らなりの国際連携に取り組んできたおかげといえる。

外国から科学技術を吸収

HOPE計画が目指したのは、平均年齢27歳というUAEの科学技術者集団になるべく多くの専門知識を蓄えさせることだった。そのため、米コロラド大学ボルダー校の大気宇宙物理学研究所の協力を仰いだ。この研究所は、宇宙探査機や科学計器の製造で長い実績を持つ。そのほかに、アリゾナ州立大学やカリフォルニア大学バークレー校にも協力を依頼した。

過去にUAEは、初の人工衛星建造の際に韓国とも協力している。おかげで、UAEの科学者と技術者は火星探査の専門知識を短期間で身に着けた。

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