シンクロして同時明滅 米国の不思議ホタルの謎に迫る
米サウスカロライナ州コンガリー国立公園のホタルは、不思議な才能をもっている。暗い森の中、ほぼ同じリズムでシンクロして明滅するのだ。
このホタルは、フォトゥリス属の一種「Photuris frontalis」。北米に生息する125種のホタルのうち、同期して光ることが知られている種の1つだ。オスは背の低い草木に止まったり、低空を飛んだりしながら、メスを引き付けるために一瞬の輝きを放つ。しかし、この行動についてはいまだにほとんど解明されていない。
2019年には、この現象を見ようと1万2000人以上が訪れたと、コンガリー国立公園の資源管理・研究の責任者デビッド・シェリー氏は話す。しかし今年は、新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)の影響で、年に1度のフェスティバルは中止になった。
一般の人々はがっかりしたかもしれない。だが、人がいないということは、研究者にとってまたとない機会だ。自然のままのホタルを観察し、データを集められる。ホタルにとっても、今年の夏はチャンスだ。全米の森で、光害や騒音といった邪魔がない状態で繁殖できる。生息域全域で数が減りつつあるホタルにとっては恵みとなるだろう。
20年5月中旬、この非常事態のうちにホタルの光を記録、調査するため、研究者たちとナショジオのエクスプローラー(協会が支援する研究者)であるマック・ストーン氏のチームは、コンガリー国立公園で1週間以上を過ごした。
「人の影響を受けていないという点で最も自然なデータが得られるため、かなり期待しています」と、米コロラド大学ボルダー校の生態学とコンピューターサイエンスの研究者ジュリー・ヘイズ氏は話す。
ストーン氏がこのプロジェクトに惹かれたのは、彼が撮影しているイトスギの原生林にこのホタルが生息しているからだ。今回のパンデミックで、ストーン氏はイベントや旅行の多くをキャンセルしたが、コンガリー国立公園を訪れたことは「その憂さを晴らす」ようなものだった、と同氏は言う。「光栄なことでした」
謎の探求
20年5月、ヘイズ氏と米コロラド大学ボルダー校の同僚ラファエル・サルファティ氏は、コンガリー国立公園を訪れ、ホタルが点滅する様子を3次元(3D)ビデオで録画した。この非常事態を有効利用できたことが嬉しかったと、シェリー氏は言う。「撮影できるのは、1年でこの時期だけなのです」
このホタルがどのように点滅を同期させているのか、正確なことはわかっていない。自分の近くにいる個体しか見えないはずなのに、広範囲にわたりほぼ同時に光ることができるのだ。
「なぜか群れ全体で同調できるのです」とサルファティ氏は話す。「何らかの方法で、自分の時計を群れの仲間と合わせています」
サルファティ氏やヘイズ氏、研究室のリーダーであるオリト・ペレグ氏は、5月の調査の研究成果をまだ発表していないが、ホタルが同期を始めるのに必要な個体密度と点滅が遠くに伝播する方法に関して手掛かりを得た。
同期の目的は何なのか、「私たちは、毎日自問しています」とペレグ氏は話す。しかし、その答えは天啓のようなものになりそうだと、研究者たちは言う。
同期現象は、心臓の収縮の同調から脳内のニューロン発火まで、生命にとって極めて重要なものだ。研究者たちは3人とも、物理学とコンピューターサイエンスに興味やバックグラウンドを持ち、野生で観察される同期行動や創発的行動を数理モデルに落とし込むことに取り組んでいる。
オスを誘い込んで殺す「魔性の女」
ペレグ氏、ヘイズ氏、サルファティ氏は現在、別種のホタル「Photinus carolinus」のシンクロ点滅も研究している。Photinus carolinusは米国のテネシー州とノースカロライナ州にまたがるスモーキー山脈に生息するホタルで、Photuris frontalisとは異なり、暗くなる前に気温と湿度に応じて約6~8秒間も発光し、それを繰り返す。
こうしたホタルの発光のピークはまさに今、6月上旬だ。「4時間睡眠で、ホタルを見に駆け回っています」と話すのは、米国中部から東部にかけての昆虫ガイド『Fireflies, Glow-worms, and Lightning Bugs(ホタル、ツチボタル、光る虫)』を執筆したリン・ファウスト氏だ。「すべての虫がいっせいに現れるため、大変なことになるのです」
コンガリー国立公園のホタルとスモーキー山脈のホタルは、前者が高速に点滅し、後者が一斉に小休止を挟んで断続的に光るという光り方だけでなく、明確に異なると、ファウスト氏は言う。
また、Photuris frontalisをはじめ、フォトゥリス属のホタルのメスは、時に同種や近縁種のオスを共食いすることがわかっている。オスを誘い込んで殺すその能力にちなみ、「ファムファタール(フランス語で魔性の女)」と呼ばれることもあると、同氏は言う。
人が訪れない「猶予期間」は、研究の機会を提供するだけでなく、ホタルのためになるかもしれない。
ホタルの幼虫は、表土や落ち葉で数年を過ごした後、成虫になり出てくる。多くの人が訪れ、幼虫を踏み潰してしまうことが起きない1年のおかげで、「成虫になれる幼虫が増える」だろうとファウスト氏は言う。「良いことだと、私はみています」
ストーン氏は、ほぼ暗闇の中でコンガリー国立公園を走り回り、わずかな動きや光にも影響を受ける長時間露光の撮影を続けている。なにより、ホタルを観察したり記録したりするチャンスは極めて貴重だ。
それをきちんと行う「大きな責任を感じています」と同氏は語る。「沼の鼓動を観察するようなものです。見ているうちに姿を変えるのです」
次ページでも、同時明滅するホタルと、その謎を明らかにしようとする研究者たちの様子を写真でご覧いただこう。
(文 DOUGLAS MAIN、訳 牧野建志、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年6月22日付の記事を再構成]
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