橋下徹氏が語る交渉の要諦 9割は事前準備で決まる
人生の景色が変わる本(16) 『交渉力 結果が変わる伝え方・考え方』
橋下徹著 PHP新書
交渉に力任せの「押し引き」など必要ない。成否の9割は事前の準備で決まる、と著者は言う。弁護士として自治体のトップとしてタフな交渉を勝ち抜いてきた人物だけに、そのノウハウは実践的でしかも分かりやすい。ポイントをしっかり頭に入れておけば、ビジネスでも私生活でも威力を発揮するはず。もっとも「合法的に脅す」など、軽々しくマネをすると危険なテクニックもあるので要注意。知事時代や市長時代の経験談、外交交渉の裏側などにも筆は及ぶ。応用事例としてはもちろん現代社会の実相を理解する上でも有用だが、トランプ氏、金正恩氏らを交渉の達人として持ち上げるなど意見が分かれそうな部分も。
要点1 譲れない要望を絞り後は譲歩のカードに
交渉とは互いの要望を実現するために譲歩し合うプロセスだ。自分が利益を得るには相手にもなんらかの利益を与えないと話がまとまらない。だからこそ事前に要望を絞り込み、優先順位を付けておくことが必須となる。10の要望があるなら、絶対に譲れないものを2つか3つに絞る。これにより残りは譲歩のカードとして使えることになるし、交渉を打ち切るラインが明確になる。譲歩のカードを温存したり要望を上乗せしたりして、ずるずる時間をかけるのは無駄。目標を達したらオーケーという割り切りが大事だ。
要点2 双方の要望・譲歩をマトリックスにする
相手側の望みを把握、整理しておくことも重要。対話を重ねるなかで相手にとって譲れない要望は何か、譲歩してもいいのは何かなどを探ろう。その際、意識する必要があるのは相手の価値観や判断基準だ。金額、納期、クオリティー、メンツ……などの要素のうち何を重視するかは、業界や組織ごとに一定の傾向がある。例えば公務員は「ルールに違反しないか(理屈が通るか)」にこだわり、これをクリアすれば他は融通が利くことが多い。双方の要望・譲歩を整理できたら、マトリックスにしておくとスムーズに交渉できる。社内の別部署など互いに手の内をオープンにできる相手なら、一緒にこの作業をするといい。
要点3 交渉相手とは「対等」が原則
交渉を成功させる大原則は、まず相手に不快感を抱かせないこと。力関係ではこちらが上(組織が大きいなど)でも、あくまで対等に向き合っている雰囲気をつくらないといけない。その上で相手を動かす第1の方法は利益を与える(譲歩する)ことだが、これは見せかけでもいい。例えば値段や期限など、最初にあえて厳しい条件を突きつけておき、交渉過程で緩める。こちらに持ち出しはないのに相手に利益を得たと感じさせることができる。第2の方法は「いざとなったら訴えます」のような合法的な脅し。相手が困ること、交渉が決裂したら大変だと思うようなことを見つけられるかが鍵だ。これらの方法が通用しないときは、ただただ「お願いする」しかない。交渉が成立しないときに留意すべきは、後々のために人間関係を壊さないこと。雑談力で関係をキープしよう。
要点4 かみ合わないときは問題を具体的に分解
互いの意見がかみ合わない原因の多くは、問題設定が抽象的すぎることだ。話をまとめるには要素を具体的なレベルに分解して一致点を探ればいい。例えばポスターの良しあしで判断が分かれたら、色、写真、文字の色や大きさなどのパーツごとに意見を言い合う。一致する部分、食い違う部分が明らかになれば、部分的な修正を施すことで妥協が成立する可能性が開ける。大阪府知事時代の著者が「私立高校授業料無償化」を打ち出して庁内の反対に遭ったときも、この手法で事態を打開した。生徒の保護者の所得水準、予算の枠、給付先は学校側か生徒側かといった要素に分けて議論を徹底。譲れるところを譲り合うことで、無償化政策実現という最低ラインを確保した。
(手代木建)
[日経ウーマン 2020年7月号の記事を再構成]