築き直した社員との信頼関係

だが、うまく行くことばかりではない。ちょうどドイツ進出を果たした時期から、土屋氏は組織運営で大きな壁を感じ始めた。オープンでフラットなカルチャーづくりに取り組んできたつもりだったが、従業員が100人を超えたところで様々なほころびが見えてきた。

新旧メンバーの対立も、そのころから目立ち始めた。新たに導入した評価制度には不満が爆発。さらに、最高財務責任者(CFO)をはじめとする管理部門メンバーが立て続けに退職した。17年には離職率が40%を超えた。

考えられる限りの手だてを講じても、事態は好転しなかった。土屋氏は「築いてきた組織とカルチャーはあのときに一度、死にました。2年半、長いトンネルに入ったようで、全く光が見えず、本当に苦しかった」と振り返る。

再生の鍵となったのは、残ってくれた従業員との信頼関係の再構築と、マネジメント人材の補強だった。従業員とは腹を割って何度も話し合った。ワークショップを開いて自分たちが目指すビジョンやミッションをもう一度、見つめ直した。マネジメント人材を探す際にも、実情を取りつくろうことはしなかった。「今うちの会社は本当にヤバい状況です。相当な当事者意識と覚悟がないと、厳しいと思います」と正直に伝え、それでも納得してくれる人を採用した。

危機を脱し、会社が再び成長軌道に乗った今も、土屋氏は従業員とのコミュニケーションに心を砕く。常に正直であることがモットーだ。社内向けのブログでは毎回、5000字を超える文章を書く。

「僕はルーティンが苦手だし、毎週とか毎日とか決めてしまうと、書くこと自体が目的となってしまうので、ブログは月に1、2回の不定期更新です。でも、思いを伝えなくてはと思ったときは、言葉を尽くして書きます」

今回の上場にあたっても、従業員の一人ひとりに手紙をじかに渡した。封筒や便箋は、この手紙を書くためだけに社内でデザインし、青い封筒には青いバラのシールを貼った。手紙のタイトルは「Stay blue」。創業当初の青い思いを持ち続けようというメッセージを込めた。

上場した日、社内メンバーに青いバラと手紙を手渡す土屋氏(左)

青いバラには自らの上場への思いを重ねた。バラは青い色素を持たないので、青いバラを作りだすことは不可能と長い間、いわれてきた。しかし、日本の研究者らの努力によって、世界初の「青いバラ」が誕生。花言葉は「不可能」から「夢がかなう」に変わったという。

「『デザインの価値は定量化できない。だから、デザインの会社が資本市場に出ていくなんて不可能』といわれてきました。でも、デザインには投資すべき価値がある。そのことに人々が徐々に気づき始めた。だからこそ今回、上場が達成できたのだと思います。これはエポックメイキングな『意義上場』なんです」

「デザインとは決して表層的な見た目の問題ではない。デザインを考えることはビジネスの本質に向き合うことです。これからの時代に『お金がもうかるからやる』という理由では誰も共感してくれません。会社としてどんなミッションやビジョンがあり、何のためにそのサービスを世に出すのか。そこを突き詰め、人々のニーズとひもづけていく。それこそがデザインであり、良いデザインをすることによって、人の心は動きます。僕たちはそれを支援し続けていきたい」

グッドパッチのミッションは「デザインの力を証明する」だ。崩れかけた組織を立て直し、成長軌道に乗せていくなか、自らも「デザインの力」を証明してみせたグッドパッチの挑戦は、上場をへて、新たなステージに入ったようだ。

(ライター 石臥薫子)

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