人の縁が呼び込んだ成長とグローバル展開

時を同じくしてもう1つ、土屋氏を救った縁があった。ニュースアプリ「グノシー」の共同創業者、関喜史氏との縁だ。起業の半年ほど前、シリコンバレーで米グーグルや米アップル、米フェイスブックのオフィスを巡るツアーで偶然、当時東大生だった関氏と一緒になった。

関氏はその後、大学院に進み、個人の嗜好に合ったニュースを配信するウェブサイトの開発に取り組んでいた。フェイスブックメッセージで連絡受け、それを知った土屋氏はアプリを試してみた。「これは面白い」。大きな可能性を感じたが、唯一、残念に思ったのがデザインだった。関氏らすご腕のエンジニアチームにとっても、デザインは関心外だったのだ。

「うちの会社でデザインをやろうか」

土屋氏は関氏に、そう申し出た。ほぼボランティアで、数カ月かけて操作性や使い心地を改善した。デザイン改良後のニュースアプリは大ヒット。デザインを担当したグッドパッチにも問い合わせが殺到し、仕事が増えていった。しかし、デザインを専門的に学んだわけでもない土屋氏になぜそんなことが可能だったのか。

「ソフトウエアのデザインは、広告などのグラフィックデザインとは根本的に異なります。この世界では『美術大学出身でデザイナー歴○年』といった経歴は全く意味を持たない。それよりもコンピューターのシステムとか機能を理解できることのほうが重要です。その点、僕は大学こそ文系でしたが、もともと数学が得意だったうえ、コンピューターが好きだった。当時、この領域でノウハウを持っている人が日本にはほとんどいなかったのも大きいですね。僕に特別な技術があったわけではないけれど、ユーザー目線で何が良くて何がだめかの判断ができる。その自信はありました」

事業が軌道に乗ってきた13年、インターンの求人に、ある外国人が応募してきた。当時、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)に留学していたドイツ人のボリス・ジツカタ氏だ。ドイツにはデザイン力のある会社が複数あることに気づいていた土屋氏は、興味をひかれ採用する。

ベルリンオフィスを立ち上げたボリス・ジツカタ氏(右)は現在、グッドパッチの取締役を務めている

ジツカタ氏を迎えてから、次々と面白いことが起きた。ジツカタ氏は周囲の外国人留学生を相次いで連れてきたうえ、日本人メンバーにも構わず英語で話しかけ、一気に社内がグローバル化したのだ。ジツカタ氏はその後、正式に入社。それをきっかけにグッドパッチは15年、ドイツのベルリンに初の海外拠点を開く。

ディー・エヌ・エー(DeNA)の創業者、南場智子氏が講演で「起業するなら最初から多国籍軍で」と語るのを聞いて以来、海外進出は常に頭にあった。それが思わぬ形とスピードで実現することになった。土屋氏は言う。

「今、ボリスは当社の取締役になっています。日本人とドイツ人が経営している会社なんて、そうそうないでしょ。ボリスとの縁には本当に感謝しています」

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築き直した社員との信頼関係