劣等感も磨けば光る メルカリ山田氏の「頼る力」「ネット興亡記」に学ぶサバイバル術 (4)

「たぶん孫さんも、自分がやりたいこと、やるべきことをやったら、ああなったのだと思う。すごく尊敬できる部分、見習いたい部分もあるけど、自分がすべてをフォローしないといけないものではない。他の経営者も含めて、学べるところは学んで、自分の会社の経営に生かせるかを考えている。『ああなりたい』というのはないですね。自分のスタイルをどう拡張していくか。それが通じなくなったら、どう再構築するか。どんどん変わっていくことが重要だなと思います」

孫さん、三木谷さんと違うやり方

――楽天に就職する選択肢もありました。ただ内定を断って、あきらめた起業家の道を歩むことになります。

「インターネットに出会って、大学4年のときに楽天に内定をもらって、内定者として働きました。三木谷(浩史会長兼社長)さんもエネルギッシュで、リーダーシップが強い。ただ、当時のビットバレーを見渡すと、エンジニアリングができて技術で引っ張ったり、プロダクトセンスが良かったり、色々なタイプの起業家がいた。しかも僕と変わらない年齢で。スタイルはなんでもいいのだなと思った」

「内定者としてフリマオークションを数人で作るチームに入れてもらいました。スクラッチからサービスまで一通り作る経験ができた。色々な起業家に出会って『これだったら新しいサービスを作ったり、色々な仕事を受けたり自分でできる』と。今になってみれば、若気の至りです。大学を卒業してフリーランスとしてひとりでやっていた。そこで色々な人達と会って、仕事をしていくなかで、自分のスタイル、自分のやり方、孫さん、三木谷さんと違うやり方を確立していった」

――ソーシャルゲーム会社のウノウを立ち上げ、米大手であるジンガに売却しました。世界で活躍できる近道でありましたが、結局1年ほどで会社を去ることになりました。

「僕自身はけっこうやれることをやってきた。ジンガで学べたことも大きかった。『OKR』など目標管理の仕組みやデータをどう扱うか、モバイルの知識も含めて勉強になった」

自分ができることをやらないと

「売却したときに60人くらいのスタッフがいました。その人たちに『世界で使われるものを作ろう』と言って仲間にしておいて、自分が去ることになってしまって、申し訳ないなという気持ちがかなりありました。僕自身は、走り続けていた部分があったので、1年くらい旅行したいと」

――世界一周の旅からメルカリが生まれることになります。

「子供が働いているのが印象的だった。ボリビアからチリに行ったときも(ガイドの)助手席には子供がずっと座っていました。みんな豊かになろうとしているけど全世界が豊かになるなんて現実的には難しい。資源も限られている。自分ができることをやらないといけないと思って帰った」

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