日経ナショナル ジオグラフィック社

「この闘いはカブトガニにのみ関係するものではありません。生態系の生産性を保つということなのです」と、デラウェア湾の環境と生物の調査にキャリアをささげてきたナイルズ氏は言う。

スイスのロンザは、「保全活動を積極的に支援する」などして、「カブトガニを守ることに努めている」としている。

ロンザの声明によれば、チャールズ・リバー・ラボラトリーズと、もう1つのライセート製造会社アソシエイツ・オブ・ケープコッドの2社は、カブトガニを卵から育て海に帰しているという。後者は2019年にマサチューセッツ州およびロードアイランド州付近の海に10万匹の幼体を放したとのことだ。

ロンザではライセートの代替品を使用する意向で、独自に開発した「パイロジーン」というrFCが商標登録されているという。しかし、米国薬局方の決定からもわかるように、「規制というハードルが残っています。医薬品開発企業が合成の代替品を使用することへの壁が壊されていくことを期待しています」と述べている。

カブトガニが減ると渡り鳥にも影響

一方で、保護活動家たちはカブトガニの卵を必須の食物源とする生物への影響をモニタリングしている。

シマスズキやヒラメのように、一時は非常に豊富だった釣魚は、カブトガニの卵が減っていることもあり、この地域で大きく減少しているとナイルズ氏は言う。絶滅を危惧されているキスイガメ(ダイヤモンドバックテラピン)も、やはりカブトガニの卵に頼っている。

ナイルズ氏とブラマー氏が特に心配しているのは、コオバシギやキョウジョシギといった渡り鳥たちだ。チリのティエラ・デル・フエゴ(フエゴ諸島)から北極の繁殖地まで、1万4500キロメートルの旅の途中でデラウェア湾に立ち寄る鳥たちだ。長距離の渡りを支えるためには大量のエネルギーが必要となるが、高カロリーのカブトガニの卵は「燃料」には最適なのだ。

デラウェア湾での2週間の滞在中、コオバシギは体重を2倍近くまで増やして旅の最後の行程に備える。しかし、今年は気温が低かったためカブトガニの産卵が遅れ、滞在した鳥の数は2019年の推定4万羽から3万羽まで減った。

ナイルズ氏は、食物網における網の目の1つが弱まるだけで全体にも影響が広がる可能性があり、それが悲惨な結果をもたらすこともあり得る、と警告する。カブトガニが枯渇すれば、いずれ観光客や漁師をはじめとする多くの人がデラウェア湾から受けている恩恵も枯渇しかねない。

「天然資源の価値は、それを搾取する企業のものではありません。私たちみんなのものです」と、ナイルズ氏は言う。

(文 Carrie Arnold、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年7月12日付]

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