日経ナショナル ジオグラフィック社

ロンザが出した声明によれば、新型コロナウイルス感染症ワクチンを検査するのに必要なライセートは、米国の3つの会社が1日に製造する量を超えることはないという。

3社のうちの1つ、マサチューセッツ州に本拠地を置くチャールズ・リバー・ラボラトリーズも、ナショナル ジオグラフィックに対して同じ見解を示した。同社のジョン・ドゥブジャック氏によれば、ワクチンを50億本製造するには60万回の検査を行うが、必要なライセートは1日分の製造量でまかなえるという。

「ライセートの供給網やカブトガニの個体群に負担をかけるものではありません」。試薬開発および試験的プログラム部門のドゥブジャック氏はそう話す。

カブトガニの青い血の恩恵

何億年もの間ほぼ姿を変えていないカブトガニは、いくつかの変わった特徴を備えている。名前に反して、カニよりもクモやサソリに近い。2つの複眼と7つの単眼、計9つの目を持っている。

1956年、医学研究者フレッド・バングはさらなる風変わりな特性に気付いた。カブトガニの血液が内毒素と反応すると、その血球であるアメボサイト(変形細胞)が凝固して塊となるのだ。バングは、カブトガニが持ついにしえの免疫システムの一部であるアメボサイトが、人間の血液に入る医薬品の細菌汚染を検出してくれる可能性に気付いた。

米サウスカロライナ州チャールストンにあるチャールズ・リバー・ラボラトリーで血液を採取されるカブトガニ(PHOTOGRAPH BY TIMOTHY FADEK, CORBIS/GETTY)

科学者たちはやがて、アメボサイトの溶解物を医薬品やワクチンの検査に用いる方法を開発し、1977年には米食品医薬品局(FDA)がこの目的でライセートを使用することを認可した。

以来、毎年5月になると米東海岸沿いにある施設にヘルメット型の生物が大量に持ち込まれ、技術者によって心臓付近の血管から血液を採取された後、海に返されるようになった(青色は血中で酸素を運搬するたんぱく質、ヘモシアニンに含まれる銅によるものだ)。

1980年代から90年代初頭までは、このプロセスは持続可能であるように思われた。製薬会社は血液を採取したカブトガニのうち死亡するのは3%のみと主張していた。個体数調査によればカブトガニはたくさんおり、保護活動家たちもあまりこの種に価値を置いていなかったと、ニュージャージー州の保全団体コンサーブ・ワイルドライフ・ファウンデーションの生物学者、ラリー・ナイルズ氏は説明する。

しかし、2000年代初頭には様相が変わってきた。産卵シーズンに行われる個体数調査では数が減っていることが示され、2010年の研究では、血液を採取されたカブトガニの30%が死亡している可能性が示唆された。当初の予想の10倍だ。

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カブトガニが減ると渡り鳥にも影響
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