DXの「X」って何? デジタルツール、落語でPR
立川吉笑
最近はデジタルトランスフォーメーション(DX)、その中でも特にマーケティングオートメーション(MA)のことを考えている。こんなふうに書くと、何がなんだか分からない方が多いかもしれないけど、安心してほしい。僕も何がなんだかわかっていない。
新作落語を中心に活動しているからか、ときどき企業PR案件が舞い込んでくる。「落語で自社サービスの説明をしてほしい」というような依頼だ。これまでもバスケットボール「Bリーグ」開幕戦のオープニングセレモニーで落語をやったり、アパレルブランド「JUN」の社内イベントでファッションをテーマにした落語を披露したり、コラボレーション落語を作ってきた。そして今回は「マーケロボ」というMAツールをPRする落語を作ることになったのだ。
好きこそものの上手なれ
MAツールというのは、会社の営業業務をデジタル化するためのサービスらしい。人生で会社勤めをしたことがなく、落語家という時代錯誤な仕事に就いている僕は、MAという言葉をこれまでの人生で聞いたことがなかったし、落語家を続ける以上はMAの必要も取り立ててないはずだ。
こういう依頼を頂戴したとき僕はまず「対象を好きになる」ことを目指す。「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように、一度好きになってしまえば作業効率がグンと上がるからだ。というよりも、好きになったら作業が「作業」じゃなくなって快感をともなうある種の「娯楽」に変貌する。そうなってしまったら無敵状態というか、放っておいても対象のことを考えるし、それを多くの人に伝えたくなる。
この「好きになる」メソッドを僕は師匠・談笑に教わった。
以前の僕は「好きになる」ことは自力で操作できる類のものではないと捉えていたし、読者の中でもそう考えている方も少なくないはずだ。
僕の中でその考え方が変わったのは「歌舞音曲」の勉強を始めることになった時だ。立川流の前座修業では、日本舞踊や小唄・端唄・都々逸などを習得するという課題がある。落語を覚えることは、そもそも落語をやりたくて弟子入りしたのだから苦もなく取り組めるけど、特になじみのなかった歌舞音曲については何をやっていいかもさっぱり分からないし、モチベーションを保つことすら難しい。
そんな時に師匠から言われたのは「きっかけは何でもいいから、とにかく好きになっちゃいな」ということ。「調べたりしてどんどん接していくうちに、どこか好きになれそうなポイントが見つかるはず。それで好きになったら後はスムーズに身につくからまずは好きになっちゃいな」と。そんな簡単に好きになれるのかと最初は驚いたけど、人間の脳って単純なのかこれが案外好きになれるものなのだ。
僕は師匠から勧められた藤本二三吉さんという端唄の名手のCD、そのライナーノーツに書かれていた「生粋の江戸っ子だった二三吉さんがとある事情で日本橋から渋谷に引っ越しすることになった際に『渋谷みたいな田舎には行きたくない』と泣いて嫌がった」というヘンテコなエピソードを読んだとき、なぜか急に二三吉さんに愛着がわいて、そこからどんどん聞くようになった。振り返ると、これが好きになったきっかけだ。
師匠は「パイノパイノパイ」いう曲の「ラ~メチャンタラギッチョンチョンデパイノパイノパイ」という歌詞の意味不明さを面白く感じたことがきっかけで歌舞音曲が好きになったとおっしゃっていた。
とにかく情報をインプット
こんなふうにきっかけはそれくらいたわいのないことかもしれないけど、そうやって対象を好きになる糸口さえつかめたら後はどんどん興味がつながっていくのだ。
というわけで、今回もすぐに「マーケロボ」を好きになろうと動き始めた。まずはネットを駆使して可能な限りの情報を集める。どこに自分の好きセンサーが引っかかるか分からないから接する情報は多ければ多いほど良い。会社のことやサービスのことは当然として、社長のインタビュー記事だったり、社員さんがやっているブログだったり、とにかく情報をインプットしていく
それで「マーケロボ」はMAツールなのだと知り、MAとは、これまでの営業は見込み顧客に対して属人的に、つまりは営業マンの感覚で何となく電話をかけたり、リストの上から順にひたすら営業したりしていたことをデジタル化することなのだと知り、そういうふうにオフィスのデジタル化を進めることをDXといい、2025年をめどに各企業がDXを推進しないと、それ以降、年間で最大12兆円の経済損失が発生する可能性があると経済産業省が警鐘を鳴らしているのだと知ることになる。
そうやって調べたことを人にしゃべったり、こうして原稿に書いたりすると、自分にどんどん定着するから、さらに好きになる確率は高まっていく。この原稿で何度もしつこくDXと書いたのはそんな理由がある。
現状、僕はかなりこの分野のことを好きになり始めている。そのきっかけとして大きく作用したのは「DXの元の単語(Digital transformation)のスペルにはどこにも『X』が出てこないのに、何でDXと表記されているのか」という疑問を抱いたことだ。
みなさんはご存じですか? 僕は知ってます!
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
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