佐藤 逆に機械が得意な領域もあるのですか。

プラット それは個別の仕事によると思います。たとえばトヨタの工場では、「塗装」はほとんど機械で行われています。ただし必ず人間が最終確認をすることになっています。

ロボットは「感じる」ことができませんが、人間の指はとてつもなく敏感なのでどんなささいな突起も感じとることができるからです。現時点では、人間の手の感度はどのセンサーにも勝ります。機械よりも人間が優れているスキルはたくさんありますが、中でも最も顕著なのは人間の脳です。人間の脳を人工的に複製する方法はいまだ見つかっていません。

自動車業界は100年に1度の変革期

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。最新刊は『ハーバードはなぜ日本の「基本」を大事にするのか』。

佐藤 ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授(1952―2020)は「トヨタは小型車を開発して以来、破壊的イノベーションを起こしていない」とおっしゃっています。これについてはどう思いますか。

プラット トヨタの歴史の一時期については教授が言っていることが当てはまるかもしれません。しかし歴史を振り返ってみると、トヨタは要所要所で多大なリスクをとって大きな飛躍をとげたことが何度もあったのです。もちろん最初の飛躍は織機事業から自動車事業への転換です。

いま、TRI、TRI-AD(自動運転技術の開発会社)、ウーブン・シティ(トヨタが静岡県に建設する未来志向の実証都市)では、同じような飛躍を実現しようとしています。豊田社長がこのような挑戦を決断したのには2つの理由があると思います。1つは、自動車業界は100年に1度の変革期を迎えていること。「CASE」(コネクテッド、自動化、シェア、電動化)と呼ばれる新しい領域で技術革新が進む中、自動車の概念そのものが大きく変わろうとしています。

もう1つは豊田家の伝統です。豊田社長の父親も祖父も曽祖父も大きなリスクをとって、新しい事業に挑戦してきました。坂道をのぼると、また新しい山が見えてくる。そこで次の山にジャンプする。そしてしばらく坂道をのぼるとまた新しい山が見えてくる。さらにそこでジャンプする。この繰り返しです。私たちも今、ジャンプする寸前のところにいると感じています。

仕事に終わりはなく、常に改善すべきことがある

佐藤 同じくハーバードビジネススクールのマイケル・タッシュマン名誉教授は、両利きの経営(新領域の探索と成熟事業の深化を同時に行う経営手法)はトヨタのあらゆる層に浸透していると述べています。これについてはどう思いますか。

プラット それはそのとおりだと思います。トヨタには「私たちの仕事に終わりはなく、常に改善すべきことがある」という強い信念があるからこそ、「探索」と「深化」の両方を行えるのです。

たとえば、トヨタで「コスト削減」とは、単なるコストカットを意味するものではありません。「さあ、皆さん、来年は5%、予算を削減しましょう」というのが一般的なコストカットです。一方、トヨタでは「今、このパーツをつくるのに15ドルかかっている費用をもう少し削減できないだろうか。なぜならこのパーツそのものから顧客は価値を得ていないのだから」と考えます。

こうしたコストの見直しは毎年、行われています。しかも過去の成果を加味することなく、毎年一から見直すのです。「今年は、製品そのものの品質を下げることなく、この部分のコストを削減することができました。来年はまた最初から見直しましょう」と。

トヨタにおいて、品質は常に向上させるべきものであり、コストは常に削減すべきものです。こうした考え方はトヨタに持続的なイノベーションをもたらしてきました。それと同時に、先ほど申し上げた非連続性のイノベーション=「大きな飛躍」を遂げるための投資も行ってきました。そのためにTRIとTRI-ADが存在しているのです。

佐藤 TRIはトヨタ全体にとっては主に「新領域の探索」を担う部門ですが、社内では同時に「成熟事業の深化」も行われているのですか。

プラット そうです。TRIとTRI-ADはたがいに協力しながら研究を進めていますが、そのミッションは微妙に違っています。TRIのミッションは革新的な製品につながるような新しいケイパビリティーを発見すること、TRI-ADのミッションは実際に革新的な製品をつくることです。TRIでもTRI-ADでも「大きな飛躍」に備えて、非連続性のイノベーションに取り組んでいます。

それに加えて両組織では既存の製品をよりよくするためのイノベーションも創出しています。ですから私たちの組織においても「探索と深化が同時に行われている」といえると思います。

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トヨタの強みは日本文化から強い影響