有森裕子 ウィズコロナ時代のマラソン大会はどうなる
2カ月余りに及んだステイホーム期間をなんとか乗り越えて、少しずつ日常が戻りつつあります。しかし、生活のリズムや環境が変わったストレスで、心身に不調を感じる人は少なくないように思います。ランニングやおうちトレーニングなど、今できる運動を無理のない範囲で習慣化し、ストレスをできるだけためない生活を心がけましょう。梅雨が明ければ、一気に気温も上がります。こまめに水分を補給し、人が密集していないところではマスクを外すなど、熱中症にはくれぐれも気をつけてください。
プロスポーツが再開する中、マラソン大会の開催が難しい理由
緊急事態宣言が解除されてから、スポーツの現場でも、公式戦などが徐々に開幕・再開し始めました。海外では、ヨーロッパ各国のサッカーリーグが開幕し、テニスのツアーも再開が決定。日本でも、プロ野球やサッカーJリーグの公式戦が始まりました。
しかし、マラソン大会やロードレースの開催は、秋冬シーズンであっても国内外問わずなかなか難しいものがあります。数千人から数万人規模のランナーがプロとアマの隔たりなく参加し、沿道には多くの人が集まり声援を送って盛り上がるのがマラソン大会の魅力です。しかし、その良い部分が、コロナ禍ではあだとなってしまっています。
マラソン大会では、数千人、数万人の参加者が一度に集まるため、交通機関や待機場所、更衣室などが「密」になりやすく、屋内施設やスタジアムの中で行う競技ではないため、無観客状態にもしにくいものがあります。さらに大会を支える多くのスタッフやボランティアも必要ですので、身体的距離(フィジカルディスタンス)の確保が難しく、感染が起こる懸念が拭えません。
ベルリンマラソンやニューヨークシティマラソンなど、世界的に有名なマラソン大会も次々と中止を発表し、国内でも、私が毎年参加しているおかやまマラソン、神戸マラソン(いずれも例年11月開催)、奈良マラソン(例年12月開催)などが早々に中止を発表しました。今年いっぱいは、中止となるマラソン大会がほとんどでしょう。
半年も後に開かれる大会を、現段階で中止にするのは判断が早すぎるのでは?と思う方もいるかもしれません。しかし、このような大規模の大会を準備するのは本当に大変なことで、ギリギリまで状況を見極めて、開催か中止かを決めるのは相当なリスクを背負います。参加を待ち望んでいて、「もう少し粘ってほしかった…」と落胆したランナーの方も多いと思いますが、そうした大会運営側の状況を理解していただければと思います。
その一方で、参加者を開催地域の在住者だけに限る、年齢制限を設ける、参加標準記録を高くする、コースに公道を使わず、人の少ない公園や河川敷のみにするなど、可能な限り人数を絞り、感染リスクを下げて開催する方法もあるとは思います。今後、マラソン大会やロードレースの関係者の人たちが、どういう形であれば大会を開催できるのか、ウィズコロナ時代のマラソン大会のあり方について、組織や地域の枠を越えて知恵を出し合う場を設ける必要があると思います。
マラソン大会をバーチャルで楽しむ時代に
そんな中、マラソン大会に参加できないランナーのために、バーチャルに大会を楽しめる方法が登場しているという記事をいくつか目にしました。具体的には、ランナーがそれぞれ好きな場所で決まった距離を走り、GPS(全地球測位システム)機能付きの腕時計やアプリを使って記録を提出して順位が決まる「バーチャル大会」です。米国では既に開催されており、バーチャル表彰式もあるようです。日本でも、従来型の大規模な大会開催を延期し、代替としてオンライン方式のイベントを開くことを決めた大会があると聞きました。
市民ランナーが大会に参加する目的はさまざまです。目標タイムの達成を目指す人もいれば、ストレス解消や健康のため、あるいは仲間と一緒に楽しむために走っている人もいるでしょう。大会の楽しみ方は人それぞれなので、万人がこうしたバーチャル大会を楽しめるとは思えませんが、モチベーションを上げたり、他のランナーとの一体感を楽しんだりするための一つの方法として、このようなサービスが登場してきたことに、新たな時代の到来を感じます。
バーチャル大会以外でも、大会という形式にこだわらず、例えば、人数を限ったリアルなランニング教室やクリニックが全国で展開されるようになるといいなと思います。私がかかわっているランニングクリニックでは、ランニングに必要な姿勢や筋トレ、食事やサプリメントの取り方などを指導したりしています。こんな状況だからこそ、市民ランナーの皆さんが、走るために本当に大事なことへ意識を向ける機会になればと思います。
この状況で、故・小出監督なら…
マラソン大会やロードレースの延期や中止は、東京五輪代表選手をはじめとした、エリートランナーたちのトレーニングにも大きな影響を与えていることと思います。実際のレースを走る練習ができないため、五輪代表選手はもちろん、実業団選手、学生選手は、どうやってモチベーションを保ち、トレーニングを組んでいくかに頭を悩ませ、模索していることでしょう。そうしたレースは、実業団や学生選手にとっては、駅伝などの代表になるためのアピールの場でもあるからです。
来年(2021年)夏に開催予定の東京五輪のマラソンと競歩は、2021年3~5月に札幌でテスト大会を開催することが検討されています。しかし、新型コロナウイルスの世界的な終息が見込めず、モヤモヤとした日々が続きます。
もし私自身が東京五輪代表の選手だったら、このような先行き不透明な状況でトレーニングを積むことになり、正直動揺したでしょう。しかし、こればかりは仕方ないと開き直って、合宿先などで黙々とトレーニングを積んでいるようにも思います。そして、もし故・小出義雄監督だったら、こんな風に言ったのではないかと思います。
「いやあ~、ありちゃん、まいったな。オリンピック延期になっちゃったよ。どうしよっかな。困ったよな~」
そんな風に明るく受け止め、「仕方ないよな。みんな一緒だべ。まあ来年まで時間ができたと思って、やることやるか」と、ドーンと構えているように見せながら、次の一手を考えているのではないでしょうか。
代表選手の皆さんはここががんばりどきです。東京五輪の開催を前提に、今できることを一つひとつ積み重ねてほしい。そう思う一方で、東京五輪を開催するかどうかの判断をギリギリまで引っ張るのは、代表選手の身がもたないようにも思います。日本や世界の状況を見ながら、少なくとも年内に開催するかどうかを決定した方がいいと私は思っています。
(まとめ:高島三幸=ライター)
[日経Gooday2020年7月8日付記事を再構成]
女子マラソン メダリスト。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
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