第二の条件は、リモート社会(非接触型社会)が実現していることである。

具体的には、テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット選挙などの実現・拡充を通じて、「ソサエティ5.0」を推進する必要がある。その過程で、岩盤規制などと言われる、医療や教育などの分野での規制緩和を断行することが不可欠だ。

社会にテレワークを定着させるには、企業と労働者双方の変革も欠かせない。

企業サイドは各人の業務範囲を明確化することに加えて、人事考課の面でも各人の成果やスキルを多面的かつ的確に評価する必要がある。労働者サイドも上司の指示を待つのではなく、能動的に仕事をするスタンスが求められる。

もちろん、これらの点に加えて、「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」を保つことや、手洗い、着替え、シャワーなどの励行、外出時のマスク着用、食事の際に横並びに座る、発症時に備えて誰とどこで会ったかを記録する、といった常日頃からの地道な努力が必要なことは言うまでもない。これらは「新しい生活様式」と言われるものである。最近は「新常態(ニューノーマル)」「7割経済」などという言葉も定着してきたが、感染症の拡大抑制と、社会活動・経済活動の持続可能性(サスティナビリティ)を両立するためには、多少不便であっても、こうした「新しい生活様式」は受け入れざるを得ない。

第三に、理想論として言えば、世界的にSDGs(持続可能な開発目標)が推進されて環境破壊や所得格差の拡大に歯止めがかかっていることを望みたい。感染症拡大の根本的な原因とも言える、野放図な都市開発による環境破壊や、所得格差の拡大などに歯止めをかけなくてはならない。感染症が容赦なく低所得者層の尊い生命を奪うという「パンデミックの逆進性」を是正する観点からも、こうした取り組みは必要だ。

「パンドラの箱」を開けてしまった人類

進化生物学者として名高い、ジャレド・ダイアモンドは「感染症は家畜がくれた死の贈り物」だと評している。約9000年前に、人間が動物を家畜化してから、食物連鎖や生態系が完全に崩れてしまったのである。

さらに1970年代以降、人類は完全に「パンドラの箱」を開けてしまった。熱帯雨林の開発などを通じて、生態系の破壊は取り返しのつかない段階へと進み、野生動物を起源とする様々なウイルスが蔓延する深刻な事態となった。例えば、マラリアは、焼き畑により森のなかに草地が出現し、蚊が繁殖したことで猛威を振るったと言われている。いわば、それまで厳然と存在してきた人間界と自然界との均衡や、両者の間の境界線が完全に崩れてしまったのである。

人類は本質的にエゴイスティックな(利己的な)側面を持っている。だが、われわれはこうした利己的な「本能」を、利他的な「理性」で抑制して、低炭素社会、自然共生できる社会の構築を目指すべきではないだろうか。

わが国の最終目標は、以上の3つの条件を兼ね備えた「感染症へのレジリエンスがある(耐性の高い)社会」を構築することだと筆者は考えている。日本政府には、当面の緊急避難的な痛み止めの注入が終わった後は、こうした中長期的な視点から、わが国が進むべき明確な道筋を国民に提示してほしい。

『ポストコロナの経済学』第4章 ポストコロナ時代にわれわれはどう生きるか?(p218~229)より

熊谷亮丸
大和総研専務調査本部長・チーフエコノミスト。研究・専門分野は経済調査、政策調査、金融調査全般。1989年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。同行調査部などを経て、2007年大和総研入社。10年チーフエコノミスト。14年執行役員チーフエコノミスト。2020年より現職。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(旧興銀より国内留学)。ハーバード大学経営大学院AMP(上級マネジメントプログラム)修了。政府税制調査会特別委員などの公職を歴任。経済同友会幹事、経済情勢調査会委員長。各種アナリストランキングで、エコノミスト、為替アナリストとして、合計7回、1位を獲得。著書は『トランプ政権で日本経済はこうなる』(共著、日本経済新聞出版社)など多数。テレビ東京系列「WBS(ワールドビジネスサテライト)」コメンテーターとしても活躍中。

ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?

著者 : 熊谷 亮丸
出版 : 日経BP
価格 : 1760円 (税込み)

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