吉行淳之介 「ノンシャラン」の装いと時計への執着服飾評論家 出石尚三

時計・ライターの収集家でもあった吉行淳之介さん
時計・ライターの収集家でもあった吉行淳之介さん
19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。



芥川賞でもらったロンジンの腕時計

インタビューに答える吉行淳之介さん(1965年、東京都内のホテル)

吉行淳之介は1954年、「驟雨」で芥川賞を受賞しました。作家生活に入るきっかけとなった作品であり、今も彼の代表作といえます。この年の芥川賞の正賞はロンジンの腕時計でした。吉行はずっと箱に入れて大事に保管していた、とも言われています。事の真偽のほどはわかりませんが、さもありなん、と思います。吉行は時計、そしてライターといった小物の収集家でもありました。

芥川賞には、「懐中時計」の印象があります。受賞者の正賞の歴史を振り返れば、そもそも創設者の菊池寛が「受賞者が零落してお金に困った時の助けとなるように」と銀の懐中時計を選んだということです。時計の裏には受賞者の名前が彫られました。

戦前は「舶来物」の懐中時計。そして戦後の一時期、腕時計になりましたが、その後再び懐中時計となりました。メーカーはロンジン、オメガ、モバード、ウォルサムなどがあり、近年はWAKOが多いようです。

吉行の受賞の前年、53年の芥川賞は安岡章太郎の「悪い仲間」が選ばれました。この時の正賞は懐中時計でした。果たして吉行は腕時計と懐中時計、どちらが欲しかったのでしょうか。正賞が腕時計と知った時、どんな感慨を抱いたでしょうか。今となっては、いずれも知るよしがありません。

時計のコレクターであっただけに、吉行の作品では時計そのもの、あるいは「時間」に関する印象的な記述が目立ちます。受賞作の「驟雨」もしかり。50年代初頭の新宿を舞台にしたこの短編の冒頭に、こんなくだりがあります。

「壁一面に掛けられた大小形状さまざまの柱時計は、長針と短針があるものは鋭い角度にハネ上り、あるものは鈍角に離れたりして、おもいおもいの時刻を示していた。」

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