在宅中の営業トークで父の威厳低下著述家、湯山玲子さん

著述家、プロデューサー。東京都生まれ。「女装する女」「女ひとり寿司」など著作多数。クラシック音楽のイベント「爆クラ」を主宰。テレビのコメンテーターとしても活躍。
著述家、プロデューサー。東京都生まれ。「女装する女」「女ひとり寿司」など著作多数。クラシック音楽のイベント「爆クラ」を主宰。テレビのコメンテーターとしても活躍。

在宅勤務中、妻と娘2人に囲まれて仕事をしていました。家ではあまり喋(しゃべ)らずに威厳を保っていましたが、在宅中に得意先への営業トークをしている姿を見られ、威厳が下がった雰囲気を感じます。挽回する術を教えてください。(大阪府・50代・男性)

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向田邦子さんの代表作でもある『父の詫び状』には、女房と子供は自分の働きで養って当たり前だった昭和の時代の父親の姿が描かれています。常日頃、家族に威張り散らしているが、祖母の通夜で弔問に訪れた上司の前では、卑屈なまでの態度をとる父の姿を目撃して、娘である作者が感じ取ったのは幻滅ではなく、「父は、この姿で戦って来たのだ」という敬意でした。

コロナ禍での在宅勤務で、取引先への営業トークを娘たちに見られてしまい、動揺している相談者氏。その様子に『父の詫び状』のオチのごとく、娘さんたちが父親に畏敬の念を持ってくれればいいのですが、相談者氏は「威厳の失墜」の方を心配している。

結論から言えば、全く心配する必要はありません。令和2年現在、多くの家庭では父親の威厳というものは、すでに存在していない、と考えた方がリアルだからです。

向田邦子さんの時代には、仕事は「男の聖域」でした。秘密のベールに隠されているだけに、「仕事して一家を養う男の威厳」は保ちやすい。でも、これだけ女性が社会進出すると、仕事の現状はバレバレ。同時に、仕事上でへりくだったり、卑屈な態度をとることは、その人や会社が要求するスキルであるという認識は、『半沢直樹』など多くの仕事を舞台にしたコンテンツで一般化されています。

問題は相談者氏が「威厳」という言葉に固執していること。これまでの「威厳」の示し方が「家でほとんど喋らない」というお手軽な態度でしかなかったことです。

そもそも現在、50代で仕事のできる男は、激動する経済社会情勢に対してフラットな立場に自分の身を置き、変化に対応できる知力と柔軟さ、コミュニケーション力を駆使しています。威厳の意味は「近寄りがたいほど堂々としておごそかなこと」ですが、そんな存在こそが大きなリスクであり、威厳に拘(こだわ)る相談者氏はかなり、とんちんかん。すでに妻や娘もうっすらとわかっているはずです。

そういった意味では、営業トークは「仕事のリアル」を家族に披露するいい機会だったのではないでしょうか。「こういう姿で父は一生懸命に仕事をして稼いでいる」という方が、喋らないことで威厳を演出しようとしているお父さんよりも魅力的です。


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